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《不遇の天才》エディ・ヘイゼル(1950~1992)

エディ・ヘイゼル(Eddie Hazel)

エディ・ヘイゼル(Eddie Hazel)氏は、ニューヨーク出身の黒人ギタリストです。惜しくも早世したため活動期間は短いものの、1970年代前半に「Pファンク」の重要人物として活躍、ファンクやブラックロックの基礎を築きました。「ジミ・ヘンドリクスの再来」を思わせる情熱的なギタープレイは、時に美しく時に感情的で、のちのファンクシーンにおけるギタリストのあり方に大きな影響を残しました。

ヘイゼル氏の影響はファンクというジャンルにとどまらず、ロックやヒップホップなど多方面に及んでいます。ヘイゼル氏にアンサーソングを捧げるアーティストもおり、今なお多数のミュージシャンからリスペクトを受けています。

「歴史上最も偉大な100人のギタリスト(ローリング・ストーン誌)」に二度ランクインするギタリストでありながら、「エディ・ヘイゼル」の名を初めて聞く、という人も多いことでしょう。国内メディアで取り上げられることは少ないけれど、ロック/ファンクというジャンルにおいては「知る人ぞ知る」存在ですから、この機会にぜひチェックしてください。

参考:Pファンク

「Pファンク」とは、ファンク界の親玉と言われるジョージ・クリントン氏が主導する二つのバンド「パーラメント」と「ファンカデリック」による音楽ジャンルのことです。
二つのバンドは多くのメンバーが共通していますが、

(パーラメントParliament):ホーン、コーラス、シンセを基調とする
ファンカデリック(Funkadelic):ロック的なギターサウンドを基調とする

というように、それぞれ違ったコンセプトで活動を展開していきました。
Pファンクに所属するメンバーは

  • ジョージ・クリントン(ボーカル)
  • ブーツィー・コリンズ(ベース。スヌープ・ドッグの叔父)
  • メイシオ・パーカー(サックス)
  • バーニー・ウォーレル(キーボード)

らファンク界の重鎮がほとんどです。Pファンクは発足から半世紀近く経過した今なお、多くのアーティストが現役で活動しているほか、現代の若手ミュージシャンにカバーされたりサンプリングされたりと、強い影響力を持っています。

エディ・ヘイゼル氏の生涯

誕生~メジャーデビュー

エディ・ヘイゼル氏は1950年、ニューヨークのブルックリンに生まれますが、母親グレース・クック (Grace Cook)さんの「クスリまみれの環境では、育児ができない」という考えにより、ニュージャージーへ転居します。このころ幼いヘイゼル氏は兄からクリスマスプレゼントとしてギターを貰ってから夢中で弾くようになり、また教会で歌うようにもなりました。

ヘイゼル氏は12歳の時にビリー・ネルソン氏(ヘイゼル氏の1歳年下。ギター/ベース)と知り合い、セッションをするようになります。このネルソン氏は7歳のころからジョージ・クリントン氏(現代ファンクのボス的存在)と親しく、15歳で時クリントン氏率いるドゥーワップグループのバックバンドにギターとして加入しました。翌年ヘイゼル氏がこのバンドにギタリストとして加入したさらに翌年、バンドは「ファンカデリック(Funkadelic)」の名でメジャーデビューを果たします。このときヘイゼル氏は、まだ18歳でした。

歴史に残る名演と、母への愛

ファンカデリックの3rdアルバム「 Maggot Brain(マゴット・ブレイン。1971年。邦題は“黒魔頭”)」で、ヘイゼル氏は、歴史的な名演を残しています。1曲目を飾る「Maggot Brain」はヘイゼル氏のギタープレイを前面に押し出す曲で、冒頭にジョージ・クリントン氏による詩の朗読があってから10分間ものギターソロが展開されます。「今、母親が死んだと思って弾け」というクリントン氏の言葉に応じたギターは悲しく、かつ情熱的に高揚します。この10分間を一気に弾き切った演奏に対して、クリントン氏は「大衆音楽における感情表現の、前例のない瞬間」だと評しています。

長引くベトナム戦争(1955~1975)によりアメリカ社会に不安が蔓延するなか、時代の不安と混乱にマッチした「Maggot Brain」の演奏は、ヘイゼル氏の名を世界に知らしめました。この曲はライブでもたびたび演奏され、ヘイゼル氏亡き後も氏の盟友により演奏されています。また、ジョン・フルシアンテ氏(Ex.レッド・ホット・チリペッパーズ)は、「Before the Beginning(「The Empyrean」収録。2009年)」で9分間のギターソロを演奏し、ヘイゼル氏への敬意を表しています。

ファンカデリックの6枚目「Standing on the Verge of Getting It On(1974年)」では、ヘイゼル氏が収録曲のすべてを作曲しています。クレジットは母親(Grace Cook)名義となっており、楽曲に対する印税は母親のもとに送られるようになっていました。このアルバムではどの曲もヘイゼル氏のギタープレイが中心に据えられており、情熱的なギターソロや名人と呼ばれるウマいギターリフをたっぷり味わうことができます。ジミ・ヘンドリクス氏の影響を強く受けたスタイルでありながら、ヘンドリクス氏の立たなかった「ファンク」という舞台で炸裂するヘイゼル氏のサウンドは、当時としてはその後の躍進を大いに期待させるものでした。

過ちと末路

しかしヘイゼル氏はクスリに浸かっており、6枚目を発表した同年、飛行中のCAに対する暴行及び薬物不法所持の容疑で1年間服役することになります。出所してバンドに戻ってみると、すでにリードギターの後任は決まっていて、ヘイゼル氏のギターが主役になる余地はほとんどありませんでした。結局ファンカデリック10枚目「One Nation Under A Groove(1978年)」への参加を最後に、ヘイゼル氏は音楽シーンから遠ざかってしまいます。それからもPファンク関連の仕事に顔を出すことはあったものの、ますますクスリにのめり込んでいったようです。そして遂に1992年、42歳の若さで病死してしまいます。昔なじみのメンバーとのプロジェクトをいくつか練っていた矢先だったとのことですが、情熱的なギタープレイは永遠に失われました。

自分の印税をそのまま送るほど母を愛したヘイゼル氏は、母が引っ越しまでして息子から遠ざけようとしたクスリで身を滅ぼしました。皮肉と言えばそれまでですが、クスリによる悲劇は他人事ではありません。

エディ・ヘイゼルの使用機材

ジミ・ヘンドリクス氏の影響を強く受けたというヘイゼル氏の機材は、フェンダー・ストラトキャスターファズフェイザーワウペダルテープエコーといったエフェクターを駆使したもので、とても存在感のあるサウンドを放っていました。ファズはエレクトロ・ハーモニクス社の「ビッグ・マフPi」、ワウペダルはジム・ダンロップ社の「クライべイビー」を使用することが多かったと伝えられています。黒人音楽のノリが感じられるヘイゼル氏のプレイは、シンプルに「黒い」と表現されます。

ヘイゼル氏のストラトは1950年代後半製のヴィンテージだったと言われていますが、フェンダーのCBS期(1965~1985)に作られたものも使用していたようです。レスポールスーパーストラトを使用することもあり、フェンダー一筋、というわけではなかったようです。

Discography

Maggot Brain(1971)

FUNCADELIC Maggot Brain

ファンカデリック3作目のアルバム。アルバムタイトル曲である1曲目「Maggot Brain」からさっそく、リードでもリフでも、ヘイゼル氏のギタープレイを存分に味わうことができます。アーミングを効果的に使用した千変万化のリードプレイは、譜面に書き起こすのが不可能なほど奔放です。

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Standing on the Verge of Getting It On(1974)

Standing on the Verge of Getting It On

ファンカデリック6作目のアルバムにして、全編ヘイゼル氏の楽曲で構成されています。ヘイゼル氏のファンならば必携の一枚と言われるほど、情熱的なリードやセンスに満ちたリフを味わうことができます。ヘイゼル氏はこのアルバム全曲のクレジットをヘイゼル氏の母親名義にしており、楽曲の印税を仕送りしていました。

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One Nation Under a Groove(1978)

One Nation Under a Groove

ファンカデリックで最も成功したと言われるアルバムで、シングル「One Nation Under a Groove」は全米チャート1位になりました。ヘイゼル氏はリードこそ取りませんでしたが、冴えたリフは健在です。

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Game, Dames & Guitar Thangs (1977)

Game, Dames & Guitar Thangs

生前のヘイゼル氏が残した唯一のソロアルバム。リリース当時はすぐに廃盤になってしまったそうで、Pファンクのファンにとってこれを所持することは無上のあこがれだったようです。

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パープル・ヘイゼル(Rest in P。1994)

パープル・ヘイゼル

ヘイゼル氏が没してからリリースされた、1975年から1977年までの未発表曲集。ギターが聞きやすいようにミックスされていると言われ、ソロアルバムはこっちの方が好き、という人も多くいます。洋盤のタイトルは「Rest In Peace(安らかに眠れ)」とPファンクをかけた、とんちの効いたもの。日本版のタイトルは、ジミ・ヘンドリクス氏の名曲「紫の煙(Pueple Haze)」を使用したもの。