《他社ができたことはウチもできます》ダイナ楽器訪問インタビュー

[記事公開日]2016/8/12 [最終更新日]2021/8/2
[編集者]神崎聡

dyna-interview

「株式会社ダイナ楽器」は長野県茅野市に位置し、国内最多の生産力を誇るギターメーカーです。数々のブランドのギターをOEM生産するかたわら、2013年には自社ブランド「Dyna Musical Instruments」を立ち上げ、高スペックながら価格を抑えたオリジナルのハイエンドギターを製作し、カスタムオーダーも受け付けています。

ダイナ楽器:玄関

石階段を上りきって玄関に入ると、見事なメイプルの柱が迎えてくれました。かなり価値のあるものとのことでしたが、工場設立当時から立っているものだそうです。

このダイナ楽器を取材する機会をいただきまして、取締役専務の宮坂真二さん、技術部課長の岡田慎さんのお二人からいろいろなことをお伺いしました。
※今回は回答者がお二人ですが、区別する必要のあるコメント以外は「Dyna」の仮名で統一しています。

オリジナルブランド「Dyna Musical Instruments」について

──宜しくお願いします。「ダイナ楽器」といえばOEM生産をする工場という認識だったのですが、2013年にオリジナルブランドを立ち上げましたね。立ち上げの経緯やブランドのコンセプトについてお願いします。

OEM(original equipment manufacturer):他社ブランドの製品を製造すること、またはその企業。日本では「相手先ブランド名製造」、「納入先商標による受託製造」とも(ウィキペディア「OEM」より抜粋)。

dyna-interview2 取締役専務宮坂真二さん(右)、技術部課長の岡田慎さん(左)

Dyna(宮坂) 正式には「Dyna Musical Instruments」というブランド名なんですが、ちょっと長いと言うことで、ヘッドの先端に「D-SOUND GEAR」のロゴを添えています。歯車をかたどったマークは、ダイナの「D」をイメージしています。

Dynaロゴ

ブランドを立ち上げた意義は二つありまして、ひとつは社員のためです。弊社はもともとOEM工場ですが、そこにプラスアルファでチカラを付けたいと思っても、ご依頼されたものを製作していくだけでは「上に伸びる」ということがほとんど無いと思ったんです。社員はギター好きの集まりですが、それでもいろいろなことをやらないと経験値が蓄積されません。そこで自社ブランドを立ち上げて、実際にやってみないと分からないことをやってみたいな、と思いいたりました。

もうひとつは、楽器業界全体を少しでも盛り上げるためです。自社ブランドの立ち上げによって、微力ながらもその力になれれば良いなと思っています。ギター業界全体での売れ行きは、ここ数年で鈍化していると見られています。この状況に対して、メーカーとしては新しい魅力ある製品を提案することで、少しでも業界に刺激を加えたいと思っています。

通常「自社ブランド」というと、会社の中で企画を担当する役職の人が開発していくものなんですが、弊社は工場なので企画部がなく、そのため有志を集めて企画しています。直接的な商売を第一の目的にしているわけではありませんが、開発や製造にお金がかかることですから、やった分はペイできるような運営をしなければなりません。最終的な製品としてしっかりしたものを出すため技術部に働いてもらいますが、一番始めのきっかけとしては有志でやりたい人が集まる、という形をとっています。

──なるほど。商売を第一にしていないながらも、状況次第では新しい製品を開発していくということもあり得ますか?

bear-guitar-F

Dyna まさにその一つが「BEAR-GUITAR」です。「ベアブリック」とのコラボレーションで開発したミニギターですが、これは「楽器に触れたことのない人に触ってもらうためには、どうすればいいのか」と考えた所をスタート地点としています。

ベアブリックが表参道ヒルズで展示会を行った際に展示して頂きましたが、これまでギターに縁がなかったという人に少しでも触れてもらえるよう願って作りました。こういうものを機会にギターに興味を持ってもらって、楽器や音楽を趣味にしてくれればな、と思っています。

KAMINARI GUITARS 「LIQUID」

Liquid

──コレは来る前から気になっていたんです。メタリックかつシースルーというカラーリングが新しいですね。トンガったピックガードがクールな印象です。

Dyna これはギターやケーブルを積極的にリリースしている「KAMINARI GUITARS」さんとのコラボで作った「LIQUID」です。外周のバースト部分がメタリックになっており、シルバーでバーストをかけた上に色を乗せています。

KAMINARI GUITARSを統括する音響商会さんは自社スタジオやライブハウスをお持ちなのですが、そこを利用する多くのアーティストさんたちは、ライブの時にはトーンが回ってしまわないように固定しているそうなんです。それならば最初からトーンを持たない1ボリューム仕様のギターを作ろう、ということから開発を始め、回路はシンプルにしました。ボリュームのみボディにマウントするのはリペアマン泣かせな設計ですが、デザイン的な意味だけではなく、ピックガード一枚分ボリュームポットが沈み込んでいるのと同じになるため、演奏の邪魔になりにくいというメリットがあります。ピックガードのデザインも音響商会さんと話し合い、「KAMINARI」なので稲妻のイメージで落ち着きました。

──指板ぎりぎりに配置したフロントピックアップ、ローズ指板なのにネック裏からトラスロッドが仕込んである設計など、ところどころに渋いこだわりがありますね。コンパクトなボディとストラト同様の弦長から、フェンダー・サイクロン的なニュアンスも感じます。

Liquidコントロール

Dyna フロントピックアップが指板に近いようにも見えますが、これは1フレット分だけネックから指板が飛び出している「ツバ出し指板」になっています。フロントピックアップの位置をココにしたいと思っても、これに22フレットのネックを挿してしまうと、ネックとフロントピックアップの間が狭くなりすぎてしまいます。それではネックポケットの強度が大幅に低下する恐れがあるため、21フレットのネックを挿してネックポケットに幅を持たせてしっかりジョイントさせ、指板だけ延ばしているわけです。

ローズ指板とスカンクストライプ(トラスロッドを挿入する溝を埋めた跡)の組み合わせは、なかなか珍しいかもしれませんね。これについては「上絞め(うわじめ:トラスロッドをネック側から操作する)」にしたかった、という意図があります。弊社の標準的なフェンダー系ネックの工法は70年代のストラトを踏襲しており、上絞めにするためにはスカンクあり仕様になるんです。

ピックアップは国内メーカー製のオリジナルで、リアのハムは定番のPAFをイメージしつつちょっと甘いトーンにアレンジしています。音を前に前に飛ばそうとする「音抜け重視」のPAFタイプは世の中にたくさんあるんですが、敢えてちょっと奥に引っ込んだ聞こえ方をするような設計になっていて、バンドと一体になってコードを演奏するのに特に向いています。ダイナ楽器の公式サイトではどのギターも「Dyna H」や「Dyna S」のように同じ名前になっていますが、実はどれもそれぞれのモデル用にピックアップを開発しているんです。

「リアハムのみ」という仕様でも十分かっこいいんですが、そこまで使い道を絞ってしまうと使いにくい人もいるだろう、と考えてフロントピックアップを追加しています。フロントのシングルも、リアとのバランスを考えて開発したオリジナルです。昔のフェンダーの名残りでポールピースはバラついていますが、各弦のバランスはしっかり取ってあります。

──音的にサイドギターやギターボーカルにうってつけのギターになっていますが、デザイン的にもどことなく「ロックバンドで歌う人が持ちそう」な雰囲気を感じますね!

「LIQUID」試作第一号

「LIQUID」と試作モデル

──ストラトタイプと見せかけて、オフセット・ウェスト(左右非対象)のボディシェイプを採用した攻めたデザインですね!

Dyna こちらはオリジナルギターを開発するにあたって制作した、最初期の試作です。ちょうどこのころ音響商会さん(KAMINARI GUITARS)とのコラボの話が来たので、この試作から開発を始め、「LIQUID」ができました。ダイナ的には、この試作から6弦側のホーンを切ってシングルカッタウェイにするところから「MOTIVE」が開発されました。おかげさまでMOTIVEはなかなかのご支持を頂いておりまして、手許に在庫がない状態です。

MOTIVE BS-F DYNAのフラッグシップモデル「MOTIVE」は、
アクアティンバーメイプルネック+
小ぶりなアッシュボディの意欲作

ジャズベースを出発点としたこのような非対象ボディはフィット感がありますから、もっとあっていいんじゃないかと思っています。ギターはアコギの影響もあるんでしょうけど、とくにお尻が対称のものが一般的ですね。

──これらオリジナルモデルに関して、どのようなプロモーションを考えていますか?

Dyna どこかに売り込んだり、プロモーションしたりということは今のところしておりません。弊社の方針に共感して頂き、扱いたいと言ってきてくれる方とのお取り引きをしております。商売というより「志(こころざし)」を大切にした良いものを作って、社員の誇りになってくれればいいと思っています。

また弊社には腕の立つギタープレイヤーがおりませんので、店頭でデモ演奏をするというわけにもいきません。流通している台数も少ないので、D-SOUND GEARのギターを触ってみたいという方を対象に一定期間のレンタルができるように、構想を練っております。楽器店の機材で鳴らすだけじゃなくて、自分のアンプで、自分のエフェクターで、またスタジオやライブハウスで鳴らしてみたいという方もいらっしゃることと思います。貸し出している間にある程度キズがつくこともあるでしょうけど、弊社は工場なので修理や調整が簡単にできます。工場で楽器レンタルを行うのは他にないことなので可能性を感じていますが、今のところはそのための在庫もない状況ですので、まだまだこれからです。

数々の試作にトライした話

──見たことのないギターが何本かありますが、これも試作ですか?

Dyna 公式にはワンオフもののオーダーを受け付けていませんが、いろいろな事情で特別仕様を作ることがあります。むしろこれまで作ったことのない新しい仕様にトライする、絶好の機会です。ワンオフでは念のため同じものを2台作るんですが、片方はお客様に、もう片方は弊社の試作として残ります。

「スタビライザー(ヘッドとボディをつなぐ柱)」を搭載した試作もやりましたが、音響を測定したところ、残念ながら外した方が音が良いという結果が出てしまいました(笑)。楽器とは全く関係のないデザイナーにデザインしてもらったのですが、これを出発点として最終的には全く違うデザインに落ち着いて製品化されました。

dyna-guitars 製品化したLIQUIDと、数々の試作たち。世に出ることのないこれらの試作が会社の財産になる

セミアコの試作では、忠実に ES-335 を再現してみました。特に何かのプロジェクトがあったわけではなく、ES-335タイプのギターをダイナ楽器が作ったらどうなるかを試したものです。弊社は何でも作ることができますが、実際にこういうものを作っておけば、OEM依頼主さまとの打ち合わせに際して「こういうものも作ることができますよ」という具体的な提案ができます。こういった試作は積極的に製作していますが、最終的には同じものを作れるような図面を技術部で作成しますから、あまり勝手な寸法で作ってしまうと技術部から悲鳴が上がります(笑)。

このときは芯材(センターブロック)をメイプルにしたものとバスウッドにしたものを作ってみて、音の違いを確認しました。メイプルのものは重量がありますが、バスウッドのものはやはり軽いですね。しかしその違いが、明らかに音に出ます。メイプルだとしっかり前に出て行く感じ、それに対してバスウッドだと広がりが出すぎるように感じました。実際に確かめることで、ああ、だからギブソンはメイプルを選んだんだな、ということが体験的に理解できたわけです。

日本の木材で使用できるものを探していた時には、ケヤキやヒノキやスギなどをボディ材にしたギターを作ってみました。ケヤキがなかなか良かったんですが、たいそう重いので木目が面白いものをトップ材として使うといいのかな、と思いました。

ヒノキもスギもあまり硬い材料ではありません。クラシックギターのトップ材として多く使われるスギ(シダー)は、海外のものです。日本のスギは柔らかくて脆い性質があり、指を押し付けると跡がついてしまいます。しかし硬ければ良いと言うわけでもないんですよ。ただし今のところこのような木材は、OEMを受注できるほど潤沢に入手できるというわけでもありません。

「どの木材だとどういう音がするか」という知識には体験的に築いた感覚による判断が必要ですから、実際に音を聞いてみなければ知識や経験値が蓄積していきません。こうした試作を通していろいろな知識が積み上がっていくんですが、このように軽快に試作を作ることができるのが弊社の強みの一つです。

超ナローネックレスポール

ダイナ楽器:レスポール・タイプ

──コレはえらい細いネックのレスポールですね!「C」が押さえられません(笑)

Dyna ナット幅35mmで、ヒールもバッサリとカットしています。こんなに細いネックは作ったことがなかったんですが、強度的にも大丈夫でした。

ハイエンド5弦ベース

ダイナ楽器:5弦ベース

──ずいぶんと凛々しいたたずまいの5弦ベースですね…え?

ダイナ楽器:ベースネック 煌々と輝くポジションマーク

Dyna これはワンオフで製作したものの試作で、LEDでポジションマークを点灯させています。これでLEDを扱う経験値が得られましたので、今後はOEM生産においても積極的に提案できるようになりました。

ボディ材は栗の2Pです。栗にも木目はいろいろありますが、杢が出るのは珍しいんですよ。これは板目材なので、杢も年輪もくっきり出ています。音的にはアッシュと同じような印象で、堅くて重量がありますからベースに使いやすい木材です。日本産の材料をいろいろ試した中では、一番使いやすくてギター/ベースとして馴染みやすいのは栗だと判断しました。栗はこの地方の名産でもあります。ちなみに弊社で使用している栗材は、近所のお寺の木を切るときに頂いてきたものです。

──お寺の木ですか!ではこの美しい杢も、きっとご利益(ごりやく)の賜物ですね。これで練習したら、きっと上達も早いですよ。

Dyna 杢の美しいものはトップ材として一定数ストックしていますが、そんなにたくさんはありません。ですからお取り引きをしている木材屋さんに話をしておき、入荷できたら声をかけてもらえるようにしています。この栗材は国内で認知されていくことを第一に考えていますが、ゆくゆくは海外に日本のギター/ベースをアピールするオリジナリティの一つにもできればと思っています。

dyna-bass2

フィンガーランプ中央の☆は、塗装の濃淡で出しています。木地着(木地に着色)して、☆のマスキングをして、色を被せています。☆の部分が木地着した色のみで、その他の部分は木地着+ブルーになっています。

──さっきから「作ってみた」という台詞を何度も聞いているんですが(笑)、作ったことのないものを試しに作るんですから、毎回大変のはずです。それでも確かめたいから作ってしまうという「試作に対するハードルの低さ」は、確かに大きな強みですね。

ダイナ楽器製カホン

Dyna 作ることのハードル感は本当に低いです。展示会で椅子が足りないからといって、カホンを作ったこともありました。ちゃんと弊社のロゴも入っています。

ダイナ楽器:社内テーブル

この部屋にあるギターのボディをかたどったテーブルも、弊社で作っています。この机は天盤にスプルースを使っています。ちなみに弊社の内装も木工部分は内製です。食堂にもちがうボディシェイプのテーブルがあります。

ダイナ楽器:社の内装 内装の木工部分は、すべてギター工場で作られている

OEM生産のお話

──OEMを受注してから製品として出荷するまでには、どんなことが起こるんでしょうか。営業をかけてOEMを売り込んだりするんでしょうか。

Dyna 弊社は製造専門の企業ですから、営業活動をする部署はありません。しかしおかげさまでさまざまなお客様から「こういうものは作れないか」というオファーを頂いております。そこからまずは品質や納期、価格などに対する要望をすり合わせていき、折り合いがついたらプロジェクトが始まります。打ち合わせでは重要なブれちゃいけないところをまず伺っておき、それに対して弊社のノウハウを注いでお答えします。そこで試作したものが作り直しになることは、そんなにはありません。

──OEM生産するものの中には設計や構造があまりにも独特なギターもあるようですが、要所要所を一つずつ打ち合わせていくんでしょうか。

Dyna 前例のない独特なギターもお受けしておりますが、これの時にはお客様から詳細なデータをいただいて、図面におこして試作するところから始めました。パーツも独特だったのですが、スケジュールの関係で試作を組み込む時までパーツが届かない、なんてことがありました。しかしそこから書類とデータを信じて作っていって、セットアップする段階になってようやくパーツが届くわけです。詳細な寸法のデータをいただいておりましたので、そのまま巧く組み込むことができました。ファンフレットなどイレギュラーなものについても、溝切り専用のNCルーターがあるので効率よく作業を進めることができます。

これについては異例続きだったので、試作に半年ほどかかってしまいました。多くの依頼主様は自分が企画したギターの実物をまず見たいし、早く音を確かめたいと考えます。弊社は大量に生産できることに加えて試作を作るのが早いこともセールスポイントに据えており、通常は

  • 図面のイメージと実物を比較できるように本体を作るのに、1ヶ月
  • 塗装やパーツの組み込みが終わって、試作が完成するまでは3ヶ月以内

これくらいの期間で製作できます。

とはいえ「コレが図面通りですよ」と完成品をお出ししても、自分のイメージとの距離を感じると言うお客様は多くいらっしゃいます。「いいギターを作りたい」という気持ちはお客様もこちらも変わりませんから、こちらで最初から作りこんでしまわずに、途中の段階で確認していただくなど早い段階で修正ができるようにしています。

たとえばバックコンターやエルボーカット、ネックグリップをさらに削っていったりというのは簡単にできるんですが、その逆だったりボディ厚の変更だったりといった大掛かりな修正が必要となった場合には、最初から作りなおすことになります。特にネックのグリップについては寸法だけでなく感覚的な判断も重要です。仮に1フレットや12フレット地点の寸法が要望通りであったとしても、実際に触ってチェックしていただいて、また削ってチェックして、完成させていきます。

そういうやりとりを重ねて完成した一本を「マスター」にして、量産のものはスキャンしたり3Dデータを作成したりします。弊社は「たくさん生産する」ということを主眼に置いていますから、同じ作業を何人かで分担してもバラつきが出ないように、立体的な形状をデータ化したり、機械化できるものは機械化したり、最近ではPLEKを導入したりして製品の均一さを確保しています。

お客様は、ギターに対して造詣が深い方ばかりです。お出ししたものに対して「うーん、何かが違う」のようなあいまいな反応をすることはなく、「ココをこうして」のように具体的な指摘をいただきます。また「こうしたいんだけど、どうすればいい?」のように提案を求められることもありますから、そういった場合にしっかり応えられる必要があります。

ダイナ楽器:JA-STER オリジナルモデル「JA-STER」の試作。公式サイトで紹介されているもの

ヴィンテージギターを超えたい

──「この要望に応えるのは大変だった」というものはありましたか?

Dyna いつもと同じことばかりをやっていたのでは「能力」にならないと考えておりますので、基本的には「お客様の要望に対しては頑張って応じる」という姿勢でいます。未経験の大変な作業でも、やっていれば普通のことになっていきます。こうして社員にノウハウが蓄積されていくのが、会社の力になっていきます。

やったことのない作業について、説明を受けただけではやり方は身につきません。ノウハウを身につけるためには実際にやってみるのが一番だと考えていますので、いろいろな要望は断らずに、まずやってみます。

たとえば「ローズウッドをボディ外周にバインディングする」ということもありましたが、ローズウッドは木目がうねっているものが多く、細く裂いたときに理想的な形状にならずに苦労したことがあります。また、トップ材をエルボーカットに合わせて曲げる、いわゆる「ドロップトップ」を、硬い木材でやってくれ、という要望には困りましたね。硬い木材は割れてしまいやすいので、とても難しいんです。作業の難度があまりに上がってしまうと価格に響いてしまいますから、相談の上で最終的に仕様変更させていただくこともあります。

基本的には、「他社ができたことは弊社にもできる」と考えています。ですから先ほどのベースについても「ポジションマークをLEDで点灯させられますか」という問い合わせに対しても、まず「できます」と即答しました。しかし他社の後追いだけでなくプラスアルファを考えて、このベースに関しては通常ポジションマークごとにLEDを設置するところ、一個のLEDの光を反射させて、全てのポジションマークを光らせています。単純計算で電池の寿命が12倍になりますし、万が一LEDが点灯しなくなっても交換することができるというメリットがあります。

ポジションごとにLEDを埋め込む通常の工法では、LEDに不具合が出ても修理することができず、ネックごと交換しなければなりません。そのリスクを解消するために「筒状のアタッチメントをネックに差し込む」というアイディアもあったんですが、技術的にできるかできないか以前に費用がかかりすぎて製品にはならないということで、廃案になりました。

前に進んでいくためにはこのようなチャレンジが必要です。新しいチャレンジをしていかなければ、ヴィンテージギターには勝てないからです。ギターを作っている身としては、ヴィンテージギターを超えたいという気持ちがやはりありますし、弊社の製品が時を経てヴィンテージと呼ばれることがあったら、それこそ最高だと思います。

──何から何まで作っているという印象ですが、ダイナ楽器の製品はOEMでも自社ブランドでもデタッチャブルネック仕様のものが多いように感じています。やはりデタッチャブルネックが得意分野でしょうか。

Dyna 「ギター/ベースなら、できないものはない」という自負はありますが、やはり長年やっていてノウハウが蓄積されているので、デタッチャブルネックは得意分野です。しかしセットネック仕様のギターも多く生産していますので、これについても経験値が充分に蓄積されています。塗装についてはどんな色でも大丈夫で、ポリでもラッカーでも得意不得意はありません。

──今だから笑える苦労話はありますか?

Dyna(岡田) 寒くて乾燥していたということもあったと思うんですが、3Pネックを組み込んだ時に木目に沿ってネックが一気に裂けてしまった時には青ざめましたね(笑)。極端に乾燥している環境では、ネジ穴がちょっと狭いだけでも大変なことになる場合があります。この時は予備のネックがあったので大丈夫でした。

また、ローズウッドのネックを海外から買ったんですが、運送事故が起きたようで、なかなか到着せず、運送会社に問い合わせても積み荷の所在がつかめない、ということがありました。それでもどうにかして到着したと思ったら、含水率30%という生に近いぶよぶよの状態でびっくりしました。これを使った製品の納期が決まっていたんですが、だからといって急いで乾燥させると割れてしまうのでそれはもう諦めて、材料を変更するということもありました。

──長野でギター作るメリット、デメリットはありますか?

Dyna 夏場が乾燥しているというのが木工における大きなメリットです。木材が入ってきた時の低い含水率のまま木工加工を済ませ、塗装まで持っていくことがしやすいんです。欧米では機械で除湿するところもありますが、こちらはそういった機器に頼る必要がありません。逆に冬場が乾燥しすぎるのがデメリットですね。冬は加湿しないと堅い木が扱いにくく、ちょっと目を離すと割れていたりします。

楽器業界全体が良くなっていければ

──ダイナ楽器はこれから何を目指していきますか?

Dyna ギターを作るというのは、「夢のある仕事」だと思っています。音楽を通してギターに触れることには、ギターに初めて触れたり、コードを覚えたり、憧れを追い求めたり、ステージで輝いたりと、いろいろな物語があるんです。そういう物語を、ダイナ楽器が応援することができればと思っています。そういうこともあって、ダイナ楽器として面白いことをやっていきたいと思っています。自社ブランドを立ち上げたのもどんどん試作をしていくのも、こうした取り組みを続けていくことによって可能性が広がっていくと思うからです。

dyna-300

業界全体が盛り上がれば、めぐりめぐってこちらに返ってくるでしょう。ですから目先の売り上げばかりでなく、楽器業界が良くなっていけばいいと願っています。ドーンと盛り上がるのがたとえ弊社でなくても、そこから業界全体に波及していくものです。現代日本の楽器業界は、全体一致して盛り上げていく必要に迫られていると感じています。

弊社は試作を軽快にできることを強みとしていますが、これができるのは機械が充実しているからだけではなく、「人の力」によるものです。製造のスタッフは60人ほどになりますが、それに加えて協力してくれる外注さんもあり、大規模なチームを形成しています。外注さんは得意先として固定しており、弊社の業務をメインにしていただいておりますが、そこまでの信頼関係があってはじめて良い製品を生産することができるんです。

──求人ではどんな人材を求めていますか?

Dyna(宮坂) 製造業なので、職人(製造工)の求人をしていますが、「作業を最後までやりきれる人」が、会社としては欲しいです。弊社の職人はそれぞれ工程を任されるので、それを背負えるだけの責任感と、ていねいな仕事を安定的に続ける根気が必要です。その中で作業に失敗してくれる分には勉強になりますから、一向に構いません。その失敗するかしないか、ギリギリのラインを超えられるかどうかが大事だと思っています。その場に直面すると、どうしても失敗しない方を選んでしまいがちですが、逆に失敗のリスクを犯してでも前進するという気概があってこそ、新しいものが生まれるからです。

「作業標準書」というものもありますが、たとえばバフがけ(機械による磨き)の欄に「何秒かける」とか「何往復する」などと数値を指定したところで、職人ごとに仕上がりに違いが出てしまいます。自社ブランドで「ベストを尽くせ」と言うと、研磨では一日中一台にかかり切りになってしまうかもしれません。それではコストや生産性が犠牲になってしまいますから、ひたすら作業に没頭するだけではなく、どこまでやるべきかという判断や見極めが必要になります。

弊社は品質が高いまま大量に生産する工場ですから、「ていねいで均一な作業と生産性のバランス」をとってこそ、作業を最後までやりきったと言えます。そこまで考慮できる経験者ばかりを求めているわけでもありませんが、来てくれた人がそういう人材に育ってくれると嬉しいです。

──休日はどのように過ごしていますか?

Dyna(岡田) 雪国なので、冬はスノボですが、夏は地元のライブハウスやフェスに観に行ったりしています。

Dyna(宮坂) 私は平日は子どもの相手ができないので、休日はお父さんしています。


続いて岡田さんの案内でダイナ楽器の工場を見学させていただきました。

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