サーストン・ムーア(Thurston Moore)

[記事公開日]2022/12/4 [最終更新日]2023/1/3
[ライター]小林健悟 [編集者]神崎聡

サーストン・ムーア(Thurston Moore)

サーストン・ムーア(Thurston Moore)氏は、グランジ・ロックの先駆けである Sonic Youth(ソニック・ユース) での、ノイジーなサウンドが伝説になっているギタリストです。Sonic Youthが活動休止してからもその勢いは衰えず、オルタナティブロック・シーンの最前線に立って主流の音楽への挑戦を続けています。メジャーな音楽に対する挑戦的な姿勢は多くのアーティストにリスペクトされ、特に Nirvana や Dinosaur jr. などのグランジ・ロックバンドに大きな影響を与えました。今回はこの、サーストン・ムーア氏に注目していきましょう。



Sonic Youth – Silver Rocket
愛着があったのに盗難されてしまったという、SSS配列のカスタム・ムスタング。この演目でのムーア氏のチューニングは6弦から「A C C G G# C」で、相棒のリー氏は「A A E E A A」。ムーア氏は「身長198cm」という長身。この動画では3:00あたりで、その巨人ぶりが分かる。なお、同じく身長198cmとして知られるギタリストには、他にもジム・ルート氏(Slipknot所属)とバケットヘッド氏がいる。

サーストン・ムーアのBiography

サーストン・ジョセフ・ムーア(Thurston Joseph Moore) 氏は1958年7月25日、フロリダ州に生まれます。父親は音楽教授で、転勤族だったようです。ムーア氏は何回目かの引っ越しで住むことになったニューヨーク市にてポストパンク・ムーブメントに触れ、音楽に対する見方を一変させました。セックス・ピストルズ、ブロンディ、トーキング・ヘッズ、スージー・アンド・ザ・バンシーズら、パンクのサウンドに夢中になってバンド活動を開始します。
いっぽうで1980年代初頭には、のちにSonic Youthの相棒リー・ラナルド氏と共にグレン・ブランカ氏率いる「ギター・オーケストラ」に参加し、ギターによる実験音楽の手法を学びました。


March
グレン・ブランカ氏は前衛作曲家でありギタリスト。動画はエレキギター100台のための「Symphony No.13」より。音の動きを最小限に抑え、パターン化された音型を反復させる「ミニマル・ミュージック」という手法だが、実際にエレキギターを100本同時に鳴らすコンサートは恐るべき音圧で、「書法偏重のヨーロッパ前衛音楽に一石を投じた」と言われる。

伝説的バンド「Sonic Youth」結成

ムーア氏はいろいろなバンド名前で活動しましたが、1981年には「Sonic Youth(ソニック・ユース)」に定まりました。このバンドを通してムーア氏とラナルド氏は斬新なチューニングを多用し、新しいサウンドを構築していきます。最終的にギタリストは3人になり、またチューニングごとにいちいちギターを持ち替えるので、ライブのたびに50本以上ギターを持ち込んでいました。


The Burning Spear
Sonic Youthとして初めて世に放つEP「Sonic Youth」の華々しい1曲目。変則チューニングを使い出す前の時代だが、特定のコードを設定せず、ギターは弦をドラムのスティックで叩いて鐘のような音を出し続ける。
Sonic Youthの活動期間中、ムーア氏はいろいろなアーティストとのコラボを実現させるかたわらソロアルバムをリリースしたり、映画のサウンドトラックを制作したり、いくつもレーベルを立ち上げたり、書籍や音楽雑誌を出版したり、またドキュメンタリー番組のナレーションを務めたりと、たいへん幅広く活動しました。


Sonic Youth – Silver Rocket Live on Michelob Presents Night Music (Restored)
1:40あたりから2分間にわたり繰り広げられる、楽譜に書きようのない演奏、いや演奏と呼べるのか、でもやはり演奏。

のちのロックシーンに大きく影響

Sonic Youthは商業主義に反抗するアーティストとしてデビューし、USAノイズロック・シーンの第一人者となりました。斬新なチューニングに代表される実験的なサウンドは「ロック・ギターができることを再定義した」と称賛され、その後のオルタナティブロック誕生に重要な影響を及ぼしました。
Sonic Youthは16枚のアルバムをリリースし、日本のロックフェスにも出演、特に1990年代~2000年代にわたって多大な成功をおさめましたが、2011年に活動を停止、再結成の予定はありません。


Sonic Youth – Kool Thing (Hangin’ with MTV 1992)
間奏でいろいろ音符にできない音が出される中、ムーア氏の得意技「ブリッジの向こうを弾く」も確認できる。なお、この曲のチューニングは「F#F#F#F#EB」。テレビ番組なのに普段着に近いカジュアルなファッションを選んでいるところもポイント。

Sonic Youth以後も変わらず幅広く活動

2012年にはソロで行ったライブのメンバーで『Chelsea Light Moving』を結成し、2013年にアルバム『Chelsea Light Moving』を発表、その一方でブラックメタルのスーパーグループ「Twilight」への加入もしています。このほかアーティストらとのコラボは変わらず続けつつ、ソロアルバムも2~3年おきに発表を続けています。


TWILIGHT – Lungs (ALBUM TRACK)
Twilight(トワイライト)は、ブラックメタル界隈の有名アーティストが2005年に立ち上げたスーパーグループ。活動は音源を発表するのみで、ライブはおろかPVもない。ムーア氏は2012年に加入。パンクのムーア氏がメタルとは何事かと耳を疑いたくなる話であるが、音を聞くとなんとなく納得ができなくもない。

またさまざまな活動と並行して、コロラド州ボールダーにあるナロパ大学で執筆を教えるほか、デンマークのコペンハーゲンにあるリズミック音楽院 の名誉教授に任命され、定期的にワークショップやマスター クラスを行っています。

ギタープレイの特徴

ギターを破壊するサーストン・ムーア まさに今ギターを破壊しようとする場面

サーストン氏の演奏はメジャーな音楽に対するカウンター的な、混沌としたサウンドを生み出すことに特化しています。このスタイルは、後に続くグランジやオルタナティブ・ロックに大きく影響しました。

何といってもその爆音かつノイジーなサウンドに特徴があり、ファズ・エフェクターを用いたノイズサウンドや、大音量のアンプにギターをぶつけて出すハウリング、これでもかというほどに音を揺らす激しいチョーキングやアーミング、ワウで絶叫するなど、思い切りの良さに加えてアイディアの豊富さが光ります。


Thurston Moore – Grace Lake @ TAICOCLUB’14
4:00あたりの盛り上がりに見られるように、連打を中心としたリズムプレイが主体。逆に一般的に「メロディ弾き」と思えるような演奏にあまり頼らないのも特徴。サーストン氏にとって、ギターソロはノイズを意味する。
5:00あたり、56歳となったサーストン氏による円熟のノイズ・プレイが、いよいよ始まった。5:44あたりで、このノイズがギターのヘッドをアンプに押しつけて出しているのだと確認できる。6:00過ぎからは、得意技「ブリッジの向こうを弾く」。7:00過ぎあたりから鬼のアーミング、10:00あたりではアームを持ったままで鬼の掻き鳴らし。約9分間という怒涛の轟音を経て、今までのノイズは感情の爆発なんかじゃない、理性で出しているのだと言わんばかりの美しいアルペジオで締めくくる。あれだけやって、なぜチューニングが崩壊しないのか。

変則チューニングの駆使
若かりし頃のサーストン氏は高級なギターが買えず、安いギターは安いギターの音にしか聞こえないのが悩みでした。しかしチューニングをいじることでかなり驚くべき結果が得られることを発見し、新しいサウンドを生みだすチューニングの研究に励みます。
その甲斐あってサーストン氏は尋常ならざる変則チューニングの使い手として世界的に名を馳せ、Sonic Youth では3本のギター全てが異なった変則チューニングを用いることもありました。「C G D G C D」「G G D G G A」「G G D D D# D#」や「F G C F A F#」「D F C D F F」「D A D A B B」などという組み合わせをどう利用するのか、常人ではとても発案できないでしょう。しかしこれらを単なるノイズのための奇行や実験ではなく、ポップなメロディーを演出するための道具としてしっかり使ったことに、ソングライターとしてのサーストン氏の偉大さが感じられます。
ポップの裏に不安な影を持つメロディラインを変則的なコードで支えることで、今までにない構成の曲を作り上げているのです。

サーストン・ムーアの使用機材

ギター:Fender Jazzmaster


Thurston Moore Group | Pitchfork Music Festival 2017 | Full Set
現在のメインとなっている、サンバーストのジャズマスター。操作系はマスターボリュームとトグルスイッチのみ。ブリッジとピックアップは交換されているらしい。このライブでは、ご自身のシグネイチャーモデルも使っている。

サーストン氏はほとんどのキャリアでフェンダー・ジャズマスターを愛用し、ロックにおけるジャズマスターの復権と普及に大いに貢献しました。サーストン氏がジャズマスターを愛用した理由は、かつてジャズマスターは不人気で、他のフェンダーギターよりも安く買えたからだと言われています。このほか非対称のボディが身体に馴染む、大型のシングルコイルが頼りになる、アームが使える、ブリッジの向こう側が弾ける(重要)といった、道具としての魅力もあったことでしょう。
長身のサーストン氏にとってはちょっと大きめのジャズマスターがちょうど良かったでしょうし、ご自身の生まれ年に発表されたジャズマスターに親近感を持ったのかもしれません。また王道とは違うギターを使うことで、自分はそうじゃないというアイデンティティを示していたのかもしれません。

サーストン・ムーアの Fender Jazzmaster 2009年に発表されたシグネイチャーモデルは、2003年にスタッフからプレゼントされたと言うカスタム・ジャズマスターのレプリカ。シックなルックス、ジャンボフレットを打ち込んだ7.25インチRの指板、ボリュームと3WAYセレクタースイッチのみの操作系、セイモア・ダンカン製ピックアップ、Adjust-o-Maticブリッジといった仕様だが、ご本人はブリッジを交換して使っているらしい。

ギターアンプ

Peavey Road Master
Peavey「Road Master」取扱説明書より。クリーンとドライブの2チャンネルを備え、出力は160Wもある。取っ手が3つもあるあたり、よほど重かったに違いない。

サーストン氏の愛用したアンプとして最も有名なのが、Peavey「Road Master(ロードマスター)」とMarshall社製4×12キャビネットの組み合わせです。このアンプ自身の音があり、ツマミが少なめなのがお気に入りのポイントで、フルボリュームで使用するよりもある程度のところで留めた時の厚みのあるサウンドがお好きだったようです。イギリスとアメリカに1組ずつ持っていましが、近年では小さめの会場ではフェンダー「Hot Rod Deluxe」を使用しています。


Sonic Youth – Washing Machine (Live 1996)
マーシャルの4×12キャビネットの上に鎮座する無名のアンプヘッド。コレがPeavey「Road Master」。Sonic Youthのキャリアでは、この組み合わせが最も象徴的。

エフェクター

Sitori-Sonics-Harem-Fuzz Sitori Sonics Harem Fuzz

複数のファズを曲によって使いわけ、時には全部オンにもして、カオスなサウンドを作り上げています。
ファズの中でも特に Sonics Harem Fuzz は気に入っているようで、TEENAGE RIOT など多くの曲で使用されています。黒マフことロシア製 Big Muff はグランジの定番エフェクターであり、初期から愛用しているようですが、故障を機にElectro-Harmonix「Metal Muff」に切り替えています。このほか近年ではJim Dunlop「JH-3S」、Jimi Hendrix Octave Fuzz(オクターブ・ファズ)」、ProCo 「Turbo RAT(ディストーション)」を組み合わせています。


その他に MXR Phase 90(フェイザー)やTC Electronic「Corona Mini Chorus(コーラス)」、TC Electronic「 HOF Mini(リバーブ)」などを使用しています。アンプと同様ペダルに対してもベーシックな機能があればそれで良いという考えです。

サーストン・ムーアのDiscography

サーストン氏はこれまで、フリーのインプロヴィゼーションからアコースティック、メタル、ノイズに至るまで、さまざまな分野でレコーディングとパフォーマンスを行っています。いつもニール・ヤング氏のアルバム作りに興味を持っていたといい、アコースティック主体かと思ったらその次はハードロックのアルバム、またその次はスウィートな作風だったりと、烈しい音楽性の変化が本物らしく見えて、クールだなと思っていたようです。

screen time(2021)

Daydream Nation

1人でギター・トラックをいくつも録りため、共通点のあるものをつなぎ合わせたアンビエント作品。これまで自宅でレコーディングすることなど無かったサーストン氏が、デジタルレコーダーで初めて宅録に挑んだ。
たくさんあるネタの中から一連のつながりがあるトラックをピックアップして、ベンチから部屋へ、そこで窓を見つめたり、外に出て公園に行ってみたりといった仮想ストーリーを組み立てている。

Daydream Nation

Daydream Nation

1988年にリリースされたSonic Youthのインディーでのラストアルバム。彼らの代表的なアルバムであり、ポップな要素とカオスなノイズの世界を融合したサウンドは奥深く、何度きいても新しい発見があります。彼らの代表曲である Teen Age Riot が収録されているのもこのアルバムです。これからSonic Youthを聞きたいという人は、まずこれを手に取ってみるといいでしょう。
ロックン ロールという音楽性において世代全体に実験の価値を提唱した業績が評価され、2005年に「National Recording Registry(全米録音資料登録簿)」に加えられました。学術および研究のため、ルーズベルト大統領のラジオ放送やキング牧師の演説とともに、米国議会図書館に保存されています。

Goo

Goo

1990年にリリースされたメジャーデビューアルバム。変則チューニングを多用した挑戦的な曲が多いが、ポップな要素はDaydream Nationよりも強いように感じます。恐らくバンドがメジャーを多少なりとも意識した結果でしょう。このアルバムも名盤とされており、初心者に向いています。二枚目のアルバムにオススメ。

Experimental Jet Set, Trash & No Star

Experimental Jet Set, Trash & No Star

1994年に発表したアルバム。前作までのノイズに比べて陰鬱なノイズが目立ち、カオスなメロディーとギタープレイが目立ちます。中でもBull In The Heatherは怪しい雰囲気が漂っておりSonic Youthらしい曲となっています。
Sonic Yothのイメージを固めたアルバムといってもいいので、前述の2枚のアルバムが気に入った人にはぜひ聞いておきたい1枚。

Demolished Thought

Demolished Thought

2011年発表のソロアルバム。Sonic Youth 時代のノイズサウンドと比べ、アコースティックな仕上がりになっているものの、メロディラインは不穏とポップを融合した彼らしいものとなっています。サーストンの盟友である BECK がプロデュースしているので、両方のファンならば是非聞いておきたい。

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