男の意地と執念が生み出した革新的ギター:SAITO GUITARS訪問インタビュー

[記事公開日]2016/10/7 [最終更新日]2018/4/30
[編集者]神崎聡

SAITO GUITARS訪問インタビュー

埼玉県川口市に工房を構える齋藤楽器工房。元々リペアショップであった同工房ですが、2013年からオリジナルのアーチトップギターをリリースしギター製造業に転換。2014年に”SAITO GUITARS”というオリジナルブランドを立ち上げ、アーチトップのみならず2015年からはソリッドギターをリリース、SNSを中心に話題を集めています。今回は同工房に訪問し、代表取締役である齋藤正昭氏と営業担当の杣音仁氏からSAITO GUITARSの魅力についてお話を伺いました。
SAITO GUITARSのギターについて

SAITO GUITARS:代表 齋藤氏のこれまでの歩み

──よろしくお願いします。さっそくですが、齋藤さんはどのような経緯でクラフトマンとなり、齋藤楽器工房を立ち上げたのでしょうか?

saito 齋藤楽器工房 代表取締役:齋藤正昭氏

齋藤 創業は1991年で、今から25年前になりますね。そもそも”ギターを作りたい”という思いが当時からあったんですが、独立前にリペアを担当していた僕は、リペアをしながら、何かきっかけが無いかなと考えていました。実は僕、フェルナンデスエンジニアスクールの第一期生なんですよ。そこを卒業した後に、株式会社クルーズのリペアマンとして4年ほど働かせて頂きました。その当時、僕は何をやってもうだつが上がらない状態で。吉岡社長に「お前は何がやりたいんだ?」と言われて「ギターを作りたいです」と答えました。すると「今のままじゃどうにもならないから修行に1年間行ってこい」と言われ、松本(長野県)のHEADWAYさんに出向社員として行かせて頂きました。そこでは塗装の技術を学びましたね。こっちに戻ってきてから少し経って、独立という形で”齋藤楽器工房”を始めました。

アーチトップギターへの強い想い

──SAITO GUITARSが本格的に始動したのは2012年に製作したオリジナルのアーチトップギターがきっかけとの事ですが、そもそも何故最初にアーチトップをやろうと思ったのですか?

齋藤 当時、リペアをやりつつギターを組み立てる作業をやっていたんですが、ギター製作一本だけで食べていけるほどうまくはいきませんでした。それで「どうせ食べていけないんだから好きなことやるか」ってなりまして。それで今の工房に引っ越してきたのが三年前です。修理工房時代からの右腕の池田っていうクラフトマンもアーチトップのギターが好きで、僕も一番好きなギターがアーチトップだったりするんですよ。その頃フルアコを作りたい気持ちは当然あったんですけど材料が高いですから中々難しくて、池田がおふざけで”アーチトップのウクレレ”を作ったんですよ。そしたらそのウクレレをとあるメーカーの社長が目に留めて下さって「これは面白い、商品化が出来ないか」という話になりました。

──アーチトップに思い入れのあるメンバーの皆さんで始めたんですね。

齋藤 そうです。アーチトップのウクレレが作れるんだから、ギターもやってみますか、ってなりまして。

──SAITO GUITARSのアーチトップギターは「往年の名機を継承しつつ、自社の製作技術や発想を取りこんでいる」ということですが、具体的にどのあたりに現れていますか。

M35D Cherry SAITO GUITARS M35 Sunburst

齋藤 まずはこのM35というなんですけど、これは”13.5インチ”っていうレスポールを少し大きくしたくらいの極端に小さいギターです。本来フルアコは17インチあるいは18インチが王道ですけど、近年ジャズを演奏をするにしても、フルアコじゃなくても良いんですよね。だから「極端に小さくして作ってみようか」となりまして、それがきっかけで作りました。

──コンパクト化は今のミュージシャン達のニーズだったのでしょうか?

齋藤 そうですね、それはあります。ボディ以外の仕様はギブソンと変わらないので、単純に本体のサイズだけが小さくなっている感じです。コンパクトなので取り回しが良かったり、フィードバックしにくいといったメリットもあります。

もう一つ特徴といえば、ボディとネックのバランスを考えて設計していることですね。ボディだけ小さくすると不気味な形になってしまうんですよ。多くのアーチトップギターが14フレットジョイントを採用しているのですが、M35では16フレットジョイント/22フレットを採用しています。極めてレスポール的な感じにはなるのですが、サイズを小さくした分16フレットでジョイントした方がルックス的に良くなるんです。うちは結構デザインやルックスは気にして作るので、そのあたりは注意しています。

M38SMM Tea Burst M38SMM Tea Burst

齋藤 ボディにスプルースを採用したM35SMMというモデルもあります。これはお客様からのリクエストにお応えしてラインナップしました。王道といえばトップがスプルースでバックがメイプルです。今はほぼオーダーメイドの形で製作しているので、お客様とコミュニケーションを取りながら、細かいスペックを決めていく感じですから、段々ニーズに合わせて増えていきました。

──”製作時間に制限を設けていない”というカスタムモデルM35Cもありますね。

saito-guitars-M35C M35C

齋藤 これは最上級のモデルですね。全てが手作業になってしまうので製作時間に制限を設けていません。慌てて作っても良い物にならないのであればダメですし、貴重な材料を使って製作するので、少々気長にお待ち下さいという姿勢でやっています。ちなみに、うちにはM35の他に15インチのM38というモデルもあります。最初は小さい13.5インチのモデルを製作しましたが、今は主流である15インチくらいのギターが求められているんですよね。お客様から15インチの要望が多かったのでラインナップに加えました。


続いてソリッドギター、代表モデルとなっているS-622を弾かせていただくと共に、他のラインナップについても解説していただきました。

革新的なソリッドギターの魅力

S-622 Black ソリッドギターの一番人気モデル:S-622

──クリーントーンが思った以上にクリーンです、澄み切っていますね!歪ませると、ビンテージ風とも現代的ともとれるサウンドだと感じました!

齋藤 やっていることは昔の職人達の再現なんですけど、ヴィンテージ志向のモデルを出そうというつもりは無くて”このクオリティなら自分達は許せる”というか、お客様にもご満足頂けるであろうという基準を持ってやっています。だから現代的な音楽に合うか、あるいは古い音楽に合うか、というのはこちら側では設定していないんですよ。それをあえてお客様にお伝えすることもありません。

──ボディがカーブトップになっていますね。

齋藤 ええ。これは全てNCルーターで作業しています。ボディセンターからボディ端まで均等にアーチが付いていて、くびれが無い形状になっています。一見単純な形状ですが、誤魔化しが効かない、人の手で加工するのが難しい形状になっています。誰にも気づいてもらえないんですけど(笑)例えばこのボディをそのまま作りたいとして、人間が手作業で10本作ったら10本とも別の形をしていると思うんですよ。NCルーターを使えばそれがほぼ同じ形に仕上がります。

斬新なカラーリング

──”ベタ塗り”のカラーリングが印象的ですが、木目が見えているものもありますね。これまでに見たことがないカラーリングのギターです!

齋藤 基本的にソリッドギターはトップだけしか色を塗っていないんです。サイドバックに色を塗ったことはこれまで一度もありません。発売当初は全部塗って欲しいとか「ギターだったら全部塗るのでは?」という素朴な疑問も頂きましたが”ボディトップだけに塗るデザイン”という感じですね。後ろは全部ナチュラルです。

saito-guitars-toso ボディのサイドバックには塗装が塗られない

──それは木目を活かしたいという理由で塗ってあえて塗っていないのでしょうか?

齋藤 デザイン的に「こういう様式がいいな」と思ったのもありますし、この塗装だと絶対に材料を誤魔化せないじゃないですか。そういう”証”でもあります。また、うちでは様々なカラーリングを用意しています。大体考えられるような色だったらノーアップチャージで対応しますよ。だからベタ塗りにこだわっているというよりかは、ボディトップの着色にこだわっています。

──全体的に明るめのカラーリングが多いような気がします。

齋藤 蛍光色に近いボディカラーもありますよ。80年代のギターには蛍光っぽいグリーンとか、ど派手なオレンジとかたくさんあったんですよ。僕なんかも楽器屋さんにギターを見に行くんですけど、全体的に暗い色のモデルが多いなと感じていました。だから、パッと明るいギターの方が良いんじゃないかなと思っています。

 明るいカラーリングは比較的最近出した物で、リリース当時は黒やモスグリーンといった比較的落ち着いたカラーリングが多かったんですよ。その後は周りの欲求に答えながら色々と提案させて頂いて、結果明るいカラーバリエーションも増えていきました。うちはサイドバックを塗らないので、奇抜な色でも飽きの来ない、味わい深い感じになりますね。オレンジとかも人気があります。例えばメタル系のミュージシャンの方でも、既存のスタイルから脱しようとオレンジやグリーンを使っていらっしゃるようです。新しいと言いますか、他のメーカーさんや工房さんが全くやっていない要素がふんだんに取り入れられています。

──塗装への強いこだわりを感じます。

 そうですね。トップのサテン(艶消し)も硬くて非常に強度のある物を使っています。なので、割と少ない回数で塗装として機能するんです。アッシュボディでは標準でオープンポアフィニッシュという、あえて木の導管を埋めていないフィニッシュを採用しているんですよ。木の凹凸がそのまま残るので、木の質感をよく感じられるようになっています。オイルフィニッシュではワックスを塗って手入れをしなければなりませんが、これなら塗装されている普通のギターと何も変わらず、同じ状態が長続きします。塗装はギター本体の重量にも影響してくるので、このフィニッシュを採用しているうちのギターって軽いんですよ。

齋藤 極力湿度とかの影響を受けないギリギリの範囲で薄く塗装を吹いていますね。これらの要素も低価格化の話に繋がるのですが、塗装を吹いて、バフ当てしてチェックをしてっていうのがギター作りの基本だと思うんです。でも、そういうことをやっていない分、一本当たりの製作時間がとても短いんですよ。作業工程に対する作業賃を割り出した場合、速ければ速いほどコストが安いというのが当然です。だから、同じ規模の工房さんと比べると、とんでもないスピードで一本が仕上がりますし、コストも抑える事が出来ます。だからピカピカの塗装にしようがラメを吹こうがやろうと思えば何でも出来るのですが、あえてやっていないんです。

──なるほど。クオリティは下げず、独自性をもたせながら、コストダウンも実現しているんですね!

S-724MS Naked S-724MS Naked

齋藤 このモデルの一番人気のカラーは”ネイキッド(ナチュラル)”です。楽器のコンセプトとしてはまずシンプルで、というのがありますが、ある意味ではこのネイキッドがそれを体現していると言っても良いですね。

7弦モデル:「S-722」

s-722_august-blue S-722 August Blue

──7弦モデルS-722では「Seven Sledge」と呼ばれる7弦用のピックアップが搭載されています。「ダウンチューニング時に曇りがちな低音を明瞭にする」とのことですが。

齋藤 Seven Sledgeでは通常の7弦ギター用ピックアップに比べ出力を低く設定しています。巷にある7弦用ピックアップは高出力の物が多くて、ギターの出力が既に歪んでいるんです。これをアンプに繋いで音量を上げると、更に歪んでしまい音の輪郭がぼやけてしまうので、ピックアップの出力を不必要に上げないことで、クリアなサウンドに仕上げています。

マルチスケールを採用した「S-624MS」

SAITO GUITARS S-624MS S-624MS

──S-624MSはマルチスケール(ファンフレット)を採用したモデルですね。

齋藤 マルチスケールのネックは最初は少し慣れが必要かもしれませんが、少し触ればすぐ弾けるようになると思います。マルチスケールを採用した理由としては、ピッチの安定とテンションの維持にあります。低いチューニングではテンションも変化し、巻き弦のピッチが怪しくなりがちなので、長くすることで補正しているんですね。

SAITO GUITARSのファンフレット・ネック SAITO GUITARSのファンフレット・ネック

齋藤 実はファンフレットはNovaxというメーカーが特許を取得していたのですが、その特許が切れたそうで、いま世界各国でファンフレットを採用しているギターが作られています。世界同時的にあらゆる方々が作り始めたのでうちもやろうかと。「僕等も作れますよ」という意味を込めてチャレンジでやってみました。

──専用のオリジナル・ブリッジが採用されていますね。

SAITO MS-6 Bridge SAITO MS-6 Bridge。サドルのオクターブ調整ビスの位置が指板と同じRで配置され、中央に向かって高くなっているのが分かる。

齋藤 SAITO MS-6 Bridgeという一体型のブリッジですね。マルチスケールを採用すると普通のブリッジが使えないので、作る必要性に迫られました。今後色々と変わってくるかもしれませんが、現段階では一番効率的に製造できるデザインとなっています。完全にこのモデル用に作ったブリッジですね。
《特集》ファンフレットのギターって、どんな感じ?

手で巻くのと機械で巻くのとでは、音が全然違う:オリジナル・ピックアップ

saito-guitars-body3

──SAYTONEのピックアップに関してですが、モデルに関わらずどんな特徴がありますか?

齋藤 まず、手巻きで製作していることが大きな特徴です。僕はギターピックアップのリペア経験があったのですが、やはり手で巻くのと機械で巻くのとでは、音が全然違うんですよね。そもそものきっかけはCREWSさんのOSシリーズに搭載しようというのが始まりでした。いざやってみると良い音にするのが非常に難しいんですよね。OSシリーズに載せてもらうまで二年は掛かりました。今ではCREWSさんのOSシリーズに標準搭載されていまして、もちろん自社のソリッドギターにも載せています。一応うちにもコンピューター制御のコイル巻き機があるのですが、手巻きで製作した物と比べた場合、機械だと良い結果が得られませんでした。

基本的にうちのソリッドギターはピックアップのキャラクターを軸に置いて製作しているというのがあります。一番それを活かせる形にギター自体もデザインしているんです。ギターは約20万円くらいになるのですが、ピックアップがその1/3くらいを占めている感じです。価格でも分かるとおり、サウンドにおいても、ピックアップは非常に重要な部分なんです。

プロモーションは今のところSNSだけ

──SNSでのプロモーション、特にTwitterに力を入れている印象を受けました。

齋藤 力を入れているというか、それしかやっていません(笑)SNSでプロモーションをするしか手段が無いんですよね。他に何かあったら教えて頂きたいくらいです(笑)

──ギタリストの西尾知矢氏がSAITO GUITARSのギターを動画にしてアップしたことが話題になりましたね。


新しいギターを買いました!その名は「 SAITO 」めちゃくちゃ良い音です!

齋藤 はい。西尾さんが本当に購入して「買ったぞー!」みたいな動画が非常に反響がありましたね。また別のお客様で、商品のサウンドサンプルを作って下さいまして、それを聴いた人がまたうちに連絡をくれたりとかありましたね。だからうちの方で積極的に何かプロモーションを打っている訳ではないんですよ。何もしていないんです(笑)

──口コミで広まったということですか?

齋藤 そうですね。面白いのが、どこの店舗で買ってもお客様の多くがメールで「買いました!」って連絡を下さるんですよ。とても嬉しく思いますし感謝しています。そういったお客様達が色々なことをしてくれるんですよね。ユーザーグループ等を作ってくれたり。僕等が願ってもいなかったような事を率先してやって頂けましたね。「日本語だと海外の方が分からないので翻訳しておきましたよ」というのもありました。お客様に支えられている、というのを今まで以上に感じています。

店頭で弾いて、違いを感じて欲しい

──SAITO GUITARSの今後の動きなどあれば教えて下さい。

齋藤 今年の楽器フェア2016に出展すると決めました。その時に”新作”を出す予定です。後は細かい動画をちょこちょこと作ろうかって話になっています。西尾さんとのコラボ動画ですね。今後、といってもギターは発表して間もないので、もっと良くしていける部分がたくさんありますから、製品のクオリティを下げないためにも考えていきたいところですね。

──齋藤さんは職人的な経歴をお持ちだと思うんのですが、とても”経営者目線”で工房を運営されていると感じました。

齋藤 過去にブランドを発表した当時、凄く自信があったのに、何をやっても上手く行かなかったんです。これまでは自分の作りたいギターをやってきたのですが、それが売れなかったんです。それから考え方を改めまして”自分達が出来ることを組み合わせて作ろうと”思いました。その結果出来たのがS-622なんですよ。お客様が求められる物と僕が作りたかった物が違うのであればそこはもう諦めて、自信がある部分だけを組み上げたらストラトのような、あのようなギターになってしまったというか(笑)

──これからSAITO GUITARSを手に取ってみようと思うプレイヤーの方に向けて、齋藤さんから何かメッセージを頂けますか。

齋藤 うちの楽器の良さを感じて頂くためにもできる限り店頭で弾いてもらいたいですね。違いを感じて頂きたいです。ルックスは好みもあるので他のかっこいいギターに目移りしてしまうかもしれませんが、演奏性とサウンドに関してはどのメーカーにも負けていないつもりです。


続いて工房を案内していただきました。SAITO GUITARSのソリッドギターはハンドメイドであるにも関わらず、代表的なモデル「S-622」が市場価格で20万円程。一体どのようにして低価格化を実現しているのかを、工房見学でのお話から伺うことができました。

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