トム・ヴァーレイン(Tom Verlaine:1949ー2023)ギタープレイ・スタイル考察

[記事公開日]2024/10/13 [最終更新日]2024/10/26
[ライター]小林健悟 [編集者]神崎聡

トム・ヴァーレイン氏は、ロックバンド「Television」の実績で特に知られているシンガーソングライター、ボーカリスト/ギタリストです。メガヒットこそありませんでしたが、独特の歌詞と演奏スタイルは個性派のひしめくニューヨーク・パンク界隈でしっかりと存在感を発揮し、後に続くニューウェーブ、ポスト・パンク、オルタナティブロックの萌芽を導きました。パンクの勃興する1970年代において、すでにポストパンクに到達していたとも言われています。今回はこの、トム・ヴァーレイン氏に注目していきましょう。

小林健悟

ライター
ギター教室「The Guitar Road」 主宰
小林 健悟

名古屋大学法学部政治学科卒業、YAMAHAポピュラーミュージックスクール「PROコース」修了。平成9年からギター講師を始め、現在では7会場に展開、在籍生は百名を超える。エレキギターとアコースティックギターを赤川力(BANANA、冬野ユミ)に、クラシックギターを山口莉奈に師事。児童文学作家、浅川かよ子の孫。

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webサイト「エレキギター博士」を2006年より運営。現役のミュージシャンやバンドマンを中心に、自社検証と専門家の声を取り入れながら、プレイヤーのための情報提供を念頭に日々コンテンツを制作中。


  1. トム・ヴァーレインの生涯
  2. 伝説的なバンド「Television」のサウンドとは
  3. トム・ヴァーレインのギタープレイ・スタイル考察

トム・ヴァーレインの生涯

音楽好きの少年時代

のちにトム・ヴァーレインを名乗るトーマス・ミラー氏は1949年ニュージャージー州にて、リトアニア系の父とポーランド系の母の間に生まれます。決して貧乏ではなかったようで、トム氏は幼い頃よりピアノのレッスンを受け、中学時代にはスタン・ゲッツ氏に感化されてサックスに転向、次いでローリング・ストーンズの「19th Nervous Breakdown」に触発されてギターを始めます。全寮制の高校に入学し、のちにリチャード・ヘルを名乗るリチャード・マイヤーズ氏と親交を深めることで、運命が動き始めます。

移住したニューヨークでバンド結成


That’s All I Know (Right Now) (2013 Remaster)

先に中退したリチャード・ヘル氏を追うようにトム氏も学校を中退、詩人としてのデビューを目指しニューヨークに移住します。フランスの詩人、ポール・ヴェルレーヌ(1844ー1896。象徴派。破滅的な人生を送った)の綴りを英語読みした「ヴァーレイン」を名乗りだしたのはこの頃です。やがてヘル氏と再会し3ピースバンド「Neon Boys(1972-1973)」を結成、ここに二人目のギタリストとしてリチャード・ロイド氏を迎えた新バンド「Television(1974-)」を始めます。しかしヘル氏はすぐに脱退、別プロジェクトで大成します。

「名盤」を出すも、ビジネスには苦しむ


Adventure

人員を補充したTelevisionは、ニューヨークで着実にファンを獲得していきます。遂にリリースしたデビューアルバム「Marquee Moon(1977)」は、現在では伝説的な名盤という扱いです。当時でも評論家の絶賛を受けてイギリスでは28位に達しますが本国USAでは売れず、米国ビルボードトップ200にかすりもしませんでした。翌年リリースした2nd「Adventure」はUKチャート7位を記録しますがやはりアメリカでは売れず、Televisionはいったん解散となります。

闘病の晩年

その後のトム・ヴァーレイン氏は「Tom Verlaine(1979)」から「Around(2006)」まで10枚のソロアルバムをリリースするほか親交あるアーティストらとのコラボレーション、映画のサントラ参加などキャリアを積み上げています。トム氏は私生活を明かさなかったので、婚歴の有無すら定かではありませんでした。長らく癌との闘いを続けて2023年1月に73歳で天に召されたと公表したのは、元カノだったパティ・スミス氏の娘、ジェシー・パリス・スミス氏でした。

伝説的なバンド「Television」のサウンドとは

Television

トム・ヴァーレイン氏率いるロックバンド「Television」の名は、「ビジョン(Vision)を語る(Tell)」から着想を得ています。パンクが完成する前の時代に活躍したTelevisionは既にポストパンクであり、次の波が来る前からニューウェーブだったとまで表現される、独自性と先進性がありました。Televisionは「ニューヨーク・パンク」とカテゴライズされていますが、長いギターソロや独特のコード進行など、「ジャズとロックの融合」と表現されることもあります。代表曲を鑑賞しながら、トム・ヴァーレイン氏が紡ぎ出したTelevisionのサウンドを味見してみましょう。

珠玉のタイトル曲「Marquee Moon」


Marquee Moon

名盤との呼び声高いデビューアルバム「Marquee Moon」のタイトル曲。Televisionを語るならまず真っ先にこの曲からでなければならない、そんな同調圧力すら感じさせる名曲です。冒頭から聞こえるツインギターのリフが印象的ですが、このような個性的なギターアンサンブルが、Television第一の魅力です。

最小限の音数で、隙間を楽しむような作風

Televisionではバンドリハが綿密に行われていたと伝えられますが、全てを決めてしまうほどではなくアドリブの余地を残す、アレンジの煮詰め具合が重要だったようです。この演目では特に、ギターもベースもドラムも決して弾きまくることのない、隙間を楽しむような最小限の音数でアンサンブルが構築されます。そして音数は抑えたまま徐々に緊張感を高めていく、巧みなダイナミクス表現が展開されます。

シンプルに聞こえつつも、しっかり練り込んだソングライティング

Marquee Moonには独特の浮遊感があると表現されますが、その秘密の一端はコード進行にもあります。1コーラスは3つのパートで構成され、場面転換のたびに転調しているかに聞こえて実は転調していない、転調していないからこそ全体的な統一感が保たれる、しっかり仕込まれた作りです。ここではコード進行のエッセンスをちょっと見ていきましょう。

  • 第一部:Bm→Dの繰り返し(キーはBmやDのように聞こえる)
  • 第二部:CM7→G on B→Amを3回(キーはCのように聞こえる)
  • 第三部:D→C繰り返しからのG(キーはGのように聞こえる)

このように3つのキーを渡り歩いているかに見えて、ここに並べられたコードは全てキーGのダイアトニックコードである、というのが種明かしです。歌のメロディやギターのフレーズを構成する音階も、Gから外れていません。綿密に仕組まれた進行とも、音楽理論で遊んでいるとも読める、クレバーなソングライティングです。

メジャー・ダイアトニック・コード

多くのロックバンドに影響した、ツインリードのアレンジ

Televisionの2本のギターはほとんどの場合、響き合いながらも独立した2つのパートとして演奏されます。バリエーションも豊富で、Marquee Moonの第一部ではピアノの左手と右手のようなコンビネーション、第二部では完全なリードギター&サイドギター、第三部では演奏内容の接近したリード&サイドです。

こうした巧みなアレンジは、後進のバンドを大いに刺激しました。日本のバンドでも、影響されたバンドにTelevisionがしばしば挙げられます。

決して弾きまくらない、歌うようなリードプレイ

4:30からの約5分間、100小節に及ぶロングソロがこの曲のもっとも特徴的というか、味の濃いところです。コード進行に頼らずフレージングだけで徐々に熱を上げ、リスナーが気付いた時にはすでに沸騰している、ダイナミクスの妙技が「名演」と呼ばれる所以。アドリブの要素があると伝えられますが、各フレーズの完成度が高く、とてもそうとは信じられません。

トム・ヴァーレイン氏のリードプレイは、ブルースやロックのお決まりのフレージングから自由を勝ち得ているのが特徴です。ダイアトニック・スケールを活用した、弾きまくることなく歌うようなフレージングが持ち味であり、ジミ・ヘンドリクス氏らギターヒーローの影響から距離を置くことにも成功しています。

トム・ヴァーレインのギタープレイ・スタイル考察


See No Evil

トム・ヴァーレイン氏はピアノとサックスのレッスンを受講した経験があり、メロディとハーモニーについての鋭敏な感覚があったと伝えられます。楽譜を読むのは苦手でしたが、コードに対して美しく響く音や、曲の雰囲気が求める音が本能的にわかったそうです。コードを鳴らすにしても基礎的な押さえ方に従って全弦ぶっ放すようなことはあまりなく、トライアドを基本に鳴らしたい音をしっかり選別していました。

ギターの音が悪いと歌えない

トム・ヴァーレイン氏のギターサウンドはクリーン~クランチが基本で、濁らず美しく響きます。自分のギターの音色に対して、恐らく演奏自体よりも深くこだわり、「ギターの音がひどいと歌えない」とこぼしていました。毎日のようにコンディションの変化するギターとアンプのツマミを回すのに多くの時間がかかるので、いつも毎日を新しい日として受け止めるようにしていたといいます。

またピッキングのタッチによっての音色変化にもこだわりが深く、特にインストゥルメンタルの曲ではフィンガーピッキングを多用しました。

The Velvet UndergroundやDoorsの影響

「ニューヨークの活気と先進性を体現している」と表現されることもあるトム氏のプレイスタイルは、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドやドアーズといったロックバンドの影響を受けたと伝えられます。これらのバンドは、ジミ・ヘンドリクス氏、エリック・クラプトン氏、ジェフ・ベック氏、ジミー・ペイジ氏らがしのぎを削った60~70年代という時代にあって、ブルースやロックンロールに見られるペンタトニック系の旋法や和声より、ヨーロッパにルーツを持つダイアトニック系のサウンドを持ち味としてきました。

トム氏の演奏はダイアトニックスケール、いわゆるドレミファソラシドを基調としており、チョーキングよりスライドやハンマリングなどを多用していました。また自分のギターがアンサンブルにどう馴染むかに心血を注いだと述べており、一緒にプレイするメンバーがネックのどこを握っているかを、譜面よりよく見ていたそうです。

フェンダー”Jazzmaster”がトレードマーク

ジャズマスター
Made in Japan Traditional 60s Jazzmaster
1970年のジャズマスターのメーカー希望小売価格は420ドル、ストラトキャスターが367ドル、テレキャスターが283ドル。

トム・ヴァーレイン氏のサウンドを再現するなら、第一にフェンダー「ジャズマスター」、第二にVOX「AC30」、この組み合わせが重要です。現代では歴史ある名機という地位を築いている両機ですが、トム氏が若かった70年代という時代においては共に不人気機種で、ニューヨークに来た頃に1958年製ジャズマスターを95ドルで手に入れたと証言しています。

トム氏は、サーフミュージック専用ギターだったジャズマスターをロックに持ちこんだ第一人者と見られます。伝説的バンド「Sonic Youth」で名高いサーストン・ムーア氏がジャズマスターをメインに使用したのも、トム氏の影響です。

極太の弦を使用していた

トム氏はジャズマスターのチューニングの安定性を高めるため、非常に太い弦を使用していました。最初は1弦に-15や-14を使用していたといいますから、チョーキングをあまり使わなかったというより、弦が硬くてチョーキングできなかった、という方が正確でしょう。また、ブリッジ~テールピース間の弦が共振するのを嫌い、マスキングテープを貼ってミュートしていました。

70年代のトム氏は同じく大絶賛不人気機種だったフェンダー「ジャガー」、ギブソン「レスポール・デラックス」やAmpegの透明ギター「Dan Armstrong Plexi」などを使用していました。ジャガーはピックアップをリップスティックに交換するなど手を加えていましたが、総じてこの時代の王道や定番をしっかり外すセレクトでした。


以上、伝説的なバンド「Television」で大きな実績を挙げたトム・ヴァーレイン氏について、その生涯やプレイスタイルをチェックしていきました。出す音を選び、最小限の音数で最大限の効果を生じせしめた氏の演奏は、今なおバンドアンサンブルのお手本として大いに参考になります。またはじめ詩人になろうとしたというだけあり、氏の書く歌詞はギターに負けないくらい評価されており、後進のアーティストを強く刺激しました。大成功まではしていないが、アーティストを刺激してやまない逸材です。ぜひもっと深くチェックしてみてください。

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