エレキギターの総合情報サイト
エムドゥ・モクター(Mdou Moktar)氏はニジェール出身、遊牧民トゥアレグ族のシンガーソングライター、ギタープレイヤーです。ご自身のルーツであるトゥアレグ族の民族楽器を出発点とした奏法や旋法、母語タマシェク語による歌唱など、いわゆる一般的なロック/ポップスとは一線を画したサイケデリックなサウンドに「ストラトを持つ左利きの黒人」という風貌も手伝い「砂漠のジミヘン」と呼ばれています。今回は、このエムドゥ・モクター氏に注目していきましょう。
名古屋大学法学部政治学科卒業、YAMAHAポピュラーミュージックスクール「PROコース」修了。平成9年からギター講師を始め、現在では7会場に展開、在籍生は百名を超える。エレキギターとアコースティックギターを赤川力(BANANA、冬野ユミ)に、クラシックギターを山口莉奈に師事。児童文学作家、浅川かよ子の孫。
webサイト「エレキギター博士」を2006年より運営。現役のミュージシャンやバンドマンを中心に、自社検証と専門家の声を取り入れながら、プレイヤーのための情報提供を念頭に日々コンテンツを制作中。
Mdou Moctar – Tarhatazed (Live on KEXP)
観察すると、両手に薄く白い粉をまぶしているのがわかる。これについての公式な情報は無いが、摩擦軽減のため、生前のジェフ・ベック氏も愛用したベビーパウダーを使用しているのかもしれない。
Abdallah Ag Oumbadougou – Thingalene
エムドゥ・モクター氏は1984年、ニジェールのアバラクで生まれました。地元のコンサートにて、デゼール・ルベル(Desert Rebel)所属ギタリスト、アブダラー・ウンバドゥーグー(Abdallah Oumbadougou)氏の演奏を見たモクター少年は、ギターでアーティストになると決意します。しかし敬虔なイスラム教徒であるご両親から猛反対を受けました。またそれ以前に、ニジェールにはそもそも楽器屋がありませんでした。
諦め切れなかったエムドゥ氏は12歳の頃、自転車のブレーキ・ワイヤーを弦に見立てた4弦のギター的なものを作り、独学で少しずつ奏法を身につけていきます。幸運にも兄の友人宅に本物のギターがあったので、自宅でお手製の4弦を弾いては、兄の友人宅を訪れて本物の感触を確かめていきました。エムドゥ氏はメキメキと腕を上げ、学校を中退して音楽の道に邁進します。
Mdou Moctar – Anar (Official)
ナイジェリアの都市ソコトで録音されたデビューアルバムより。アコースティックギターの演奏は、ご自身のルーツであるトゥアレグ族のスタイル。オートチューンを多用したサイバーなボーカルは、ナイジェリアのハウサ語やニジャ語。
モクター氏のデビューアルバム「Anar(2008)」がサハラ砂漠に響き渡り、アフリカ音楽を世界に発信するアメリカのレーベル「サヘル・サウンズ」にまで届きます。サヘル・サウンズはモクター氏を高く評価し、ベーシスト兼プロデューサーのマイキー・コルトン氏と引き合わせます。2014年にサヘル・サウンズから「Anar」を再リリースしたモクター氏は、同年バンドで初のヨーロッパツアーを敢行、ツアー中にジミ・ヘンドリックス氏やヴァン・ヘイレンなど欧米のロックに触れ、ご自身の肥やしにしていきます。
世界初のタマシェク語による映画「Akounak Tedalat Taha Tazoughai(2015)」に、モクター氏は主演/主題歌/音楽プロデュースを担当。プリンス氏主演映画「Purple Rain(1984)」にならった作品で、世界的に評価されます。ここからスタジオアルバムやライブアルバムを続々リリースし、2021年には名門「マタドール・レコード」から「Afrique Victime」をリリース。次世代のギター・ヒーローとして全世界にその名を轟かせました。
エムドゥ・モクター氏の余りにも個性的なスタイルは、氏を育んだニジェールの情勢、また氏の属するトゥアレグ族の音楽文化が大きく影響しています。また欧米にはアフリカのルーツミュージックを「砂漠のブルース」として親しむ土壌がありました。モクター氏のルーツについて、ちょっと見ていきましょう。
ニジェール共和国はアフリカ西部の内陸国で、国土の多くがサハラ砂漠に覆われています。国民の多くが敬虔なイスラム教徒で、毎日5回の礼拝を欠かしません。世界トップレベルに暑く、4~5月の最高気温は摂氏40度以上が当たり前。一方で、干ばつや洪水などの自然災害やクーデターなど政治不安があり、経済的にはトップレベルに貧しい最貧国でもあります。
外務省の指定する危険レベルは「4(退避勧告)」です。エムドゥ・モクター氏の出身地アガデス州では、アル・カイダ系のテロ組織が活発に活動しているほか、ウラン鉱山をねらった武装集団による襲撃も発生しています。モクター氏の歌詞に含まれる政治的なメッセージには、こうした不安定な情勢が大きく影響していると見られます。
takamba!
奥の弦楽器が「ンゴニ」。ピッキングのモーションがモクター氏の左手と酷似しているのがわかる。
エムドゥ・モクター氏の音楽を語るには、第一に「タカンバ」がキーワードになります。タカンバは豊作を祝い、戦いから戻った戦士を励まし、貴族の家を称えるために演奏されたトゥアレグ族の民族音楽です。ひょうたんから作った打楽器「カラバッシュ」と、ひょうたんにヤギの革を張った弦楽器「ンゴニ」が主に使用され、リズミカルな舞踊を伴います。
欧米風に解釈すると、リズムは3連もしくは3拍子的で、恐らく踊りやすさのため、一定のテンポと音量をキープします。弦楽器「ンゴニ」は指で弦をはじく撥弦楽器でパーカッシブな音色を持ち、主に指技をからめた速い単音のリフを演奏します。
1990年代近辺、サヘル地域と呼ばれるサハラ砂漠一帯では、民族楽器からギターに持ち替えて演奏するプレイヤーが目立ってきました。ギターを使いこそすれ欧米の音楽と全く異なる彼らのサウンドは、欧米では「沙漠のブルース」と呼ばれ一部の愛好家に浸透していきます。エムドゥ・モクター氏の持ち味であるタカンバの影響を色濃く残すギタープレイ、母語であるベルベル語派トゥアレグ語に属するタマシェク語による歌唱、呪術的とまで表現される独特なリズムは、この砂漠のブルースの特徴そのものです。
幼きモクター氏を強烈に刺激したアーティスト、アブダラー・ウンバドゥーグー(1962–2020)氏は、この分野でゴッドファーザーの異名を取る名手。モクター氏と同じトゥアレグ族に属し、「ンゴニ」の奏法でギターを弾く始祖の一人とされています。2019年に再版されたアルバム「Anou Malane(1995)」は、政府によるトゥアレグ族への弾圧をかいくぐって砂漠に響き渡った伝説的作品です。
Mdou Moctar – Full Performance (Live on KEXP)
エムドゥ・モクター氏の音楽はルーツとなるタカンバの影響や母語による歌唱を特徴とする、私たちにとっては全く新しいサウンドです。かつて西洋の音楽に黒人のリズムや旋法が加わってブルース、ジャズ、ロックンロールなどが開花しましたが、モクター氏のサウンドは砂漠から来たロック、いわばロックの逆輸入です。その音楽スタイルの断片をちょっと見していきましょう。
所属ベーシスト兼プロデューサーのマイキー・コルトン氏は、モクター氏の音楽について「ハイ・エナジーな部分にパンク・ミュージックと共通する要素を感じる」と評しています。一方でモクター氏はパンクについては良く判らないと言いつつ、観客からエネルギーを得ているとコメントしています。ノリの良い観客のエネルギーが空間を乗っ取り、特別な方法でバンドの演奏にまで介入してきたその時、録音するべきギター・ソロが生まれるというのです。
スタジオの閉鎖的な雰囲気が苦手だったモクター氏は、「Afique Victime(2021)」の録音はツアーの合間を縫って適度なインターバルを置きながら進行させました。ライブ演奏で観客から貰ったエネルギーを溜めて、コンディションを整えてから録音したわけです。
モクター氏にとって作曲とは紙に音符を並べることではなく、自分の環境や周りの人々の人生を観察し、その中から作詞作曲やアドリブのヒントを見つけていくスタイルです。人生の中で感じたことを思い出したりスマホに保存したアイディアを練習したりして曲を作り、バンドリハでメンバーと共有して完成させます。
氏の音楽はいつのどの瞬間でも進化することが可能なものであり、特にアドリブでは演奏する場の環境と曲の相互作用によって、微妙に異なるテイストが生まれます。特に好きな音階はDマイナーで、演目のキーに応じて適宜カポタストを使用するほか、6弦だけGにするような変則チューニングも使用します。歌詞のテーマは愛や宗教、ルーツであるトゥアレグ族の文化であり、反乱をテーマにすることもあります。
Mdou Moctar – “Tala Tannam” (Official Music Video)
モクター氏快心のラブソング。動画には現地のほのぼのとした日常が記録されている。
モクター氏は、アコギも頻繁に使用します。ご自身がどのメーカーのものか判らないという右用のアコギが何なのか、ファンの間で話題になりました。モクター氏にとってそれぞれのギターには「あるべき適切な場所」と「独自のテイスト」があり、曲ごとに必要なギターが特定されます。おおまかにはアドリブを弾くならエレキギターを弾きたくなるが、愛についての曲ではアコギが弾きたいようです。アコギの演奏ではご自身のルーツに接近した、ディープな世界が展開されます。
モクター氏はピックに頼らず、独特のフィンガー・ピッキングで演奏します。中指と薬指をボディに立てて支点とし、人差指をメインに使用するスタイルです。高速のトレモロは人差指の曲げ伸ばしで行ない、手首のスナップはそれほど使用しません。また親指を使用することも多く、シンプルにベース音を弾くだけでなく人差指との複雑なコンビネーションもあります。この手つきはタカンバにおけるンゴニの基本スタイルそのもので、氏の独特なピッキングは砂漠に培われたと言っていいでしょう。
エムドゥ・モクター氏はご自身の音楽に対し、特定のアーティストよりもトゥアレグ族の民族音楽「タカンバ」に強く影響されていると言います。タカンバのサウンドはギターとはまったく関係なく、自分の音もピッキングのタッチがトゥアレグ族の伝統にならっており「ギターではない何かの音だ」と言います。
欧米のギターミュージックより伝統的な音楽がお好きだというコメントもありますが、好きなアーティストにジミ・ヘンドリクス氏、エドワード・ヴァン・ヘイレン氏、プリンス氏の名もあります。ギターの偉人たちから学ぶことは多いようで、現在のモクター氏の足元にはファズ系のペダルがあり、アドリブではタッピングを披露することもあります。とはいえ今のところチョーキングで泣くようなフレーズを弾くことはなく、やはりンゴニの演奏法に深いこだわりがあるようです。
エムドゥ・モクター氏のサウンドにおける重要人物が、所属ベーシストのマイキー・コルトン(Mikey Coltun)氏です。氏はニューヨーク市在住のベーシスト、プロデューサー、作曲家、エンジニアです。若かりし頃にはご自身のバンドでアルバムをリリースしたことがあり、映画やテレビ広告の音楽制作を担当した実績もあります。ロックやパンクのみならずノイズや実験音楽、アフリカ各地の民族音楽に通じており、現在でも複数のバンドでベースを演奏するほか、砂漠を飛び回りさまざまなアーティストのレコーディングやプロデュースを担当しています。
エムドゥ・モクター氏に対してはプロデュース、レコーディング、共同執筆、ベース演奏に加えて、クリエイティブディレクターも務めています。コルトン氏の弾くベースにはロック系の文法が使用されており、モクター氏の「砂漠のブルース」に西洋風のロック・テイストを融合させることに成功しています。これによりモクター氏のあまりにも独特なサウンドが、ロックやポップスに慣れたリスナーの耳に受け入れやすくなっています。これができたのは、コルトン氏あってのものだったと言えるでしょう。
Mdou Moctar – The Agadez Folders: Live at Sultan’s Palace
エムドゥ・モクター氏の暮らすニジェールには楽器店が無く、アンプやエフェクターなどの機材のほか弦などの消耗品まで、アメリカに来た時に調達しています。デビュー以来ながらくアンプ直で演奏していたモクター氏ですが、2017年に初めてのエフェクターを手に入れて以来、サウンドバリエーションが一気に増えました。
Fender「Jimmie Vaughan Tex-Mex™ Strat®」
エムドゥ・モクター氏が現在ご愛用のストラトキャスターは、やや黄色がかったオリンピックホワイトのボディ、白い一枚板で8点留めのピックガード、ホワイトのプラスチックパーツ、21フレット、カモメ型のストリングガイド、メイプル指板という仕様です。これらは1950年代後半のストラトキャスターに酷似した特徴ですが、フェンダーの現行モデルでは「American Vintage II 1957 Stratocaster®」と「Jimmie Vaughan Tex-Mex™ Strat®」がかなり近いと考えられます。
現在ではフロントピックアップをサスティニアック社製に交換していますが、モクター氏は機材について細かく話すことがなく詳細は不明です。リアピックアップ単体で演奏することがほとんどなので、フロントピックアップはダミーかもしれません。
弦はダダリオ「NYXL1046」をお使いですが、新しい弦の音がお嫌いとのことで、2年前から張りっぱなしの弦で本番に臨むことも珍しくありません。
2017年から使い始めたというエフェクターですが、あるツアーの足元はサイケな雰囲気を増強させるBOSSフェイザー「PH-3」、ギター側の音量でゲインコントロールするEarthQuaker Devices「Acapulco Gold V2」、ご自身プロデュースのファズChampion Leccy Effects「Rocktar Fuzz」、ステレオでパンニングして使うBOSSデジタルディレイ「DD-6」といった装備で、シンプルながらかなりマニアックな構成です。
Champion Leccy Effectsはフィラデルフィアに拠点を構えるハンドメイド・ブランドです。マイキー・コルトン氏と親交があったことから、モクター氏とのコラボレーションが成立しました。2019年に完成し、この年の200回に及ぶ全てのステージで使用されました。エドワード・ヴァン・ヘイレン氏のファズやオーバードライブのサウンドに触発されたサウンドにセッティングされており、フットスイッチ以外はゲインノブのみという潔い操作系ですが、内部に音量を操作するトリムポットを備えます。限定生産されたわずか50台は一瞬で売り切れたと言われています。
モクター氏はこれまで6枚のスタジオアルバムと2枚のライブアルバムをリリースするほかコンピレーションアルバムにも参加していますが、チェックするなら最近の2枚がお勧めです。
Mdou Moctar – Afrique Victime (Live on KEXP)
名門マタドール・レコードに移籍した記念すべき1枚目にして、エムドゥ・モクター氏のサウンドを世界にとどろかせた名盤。愛と平和、そしてフランスの植民地主義が氏の母国に与えた破滅的な影響について、母語タマシェク語で熱く歌います。ツアー中に1曲ずつ、時には2週間ほどの適度なインターバルを置いてテイクを重ねるフィールドレコーディングによって完成させた作品で、ライブで感じたエネルギーが注入されています。
Mdou Moctar- “Funeral for Justice” (Official Music Video)
過激さが増した最新作は、モクター氏の卓越したギタープレイ、アフロポリリズムを基調とした独自のグルーヴは健在どころか速度と強度に磨きが掛かっており、「剥き出しの怒り」とまで表現される強烈な演目が特徴的です。モクター氏はこれまで生活の延長にある政治的なメッセージを歌ってきており、この攻撃的なサウンドは2023年に起こったニジェールの軍事クーデターと決して無関係ではないと見られています。
ヘヴィなロック系の演目が目立ちますが、氏のルーツを想起させるディープな演目もあり、音楽表現の幅もぐっと広がっています。
以上、西アフリカはニジェール共和国出身、「砂漠のジミヘン」の異名を取るストラトキャスターの名手、エムドゥ・モクター氏についてチェックしていきました。民族音楽タカンバの影響を色濃く残しながらもロック的な文脈で奏でられる氏のサウンドは、私たちの耳に新鮮な刺激を与えてくれます。モクター氏のセンスや力量もさることながら、言語も文化も全く違う相手をここまでのアーティストに成長させた、ベーシスト兼プロデューサーのマイキー・コルトン氏のコミュ力の凄さを感じさせられます。かつてないハイポジションエナジーな砂漠のサイケデリックサウンド、他の曲もぜひチェックしてみてください。
Guitar Magazine、Mikiki、BEATINK、外務省、JICA
Wikipedia(EN)、mikey coltun、GUITAR WORLD、Equipboard、EarthQuaker Devices
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