エレキギターの総合情報サイト
2010年代後半ごろから特に日本国内のポップスで非常に多く聴かれるようになった「丸サ進行」。どのような魅力や理由があって現在ここまで浸透しているのでしょうか。その謎を少しばかり紐解いてみたいと思います。
新大阪に教室を設立し10年弱、小学生から70代まで、音楽経験皆無の初心者から歴20年のベテランまで、幅広い層に教える。2015年 著書「ロック・フュージョン アドリブ指南書: マイナー7th上で多彩なフレーズを生み出す方法」、2016年 著書「六弦理論塾〜ギタリストのためのよく分かる音楽理論」上梓。
webサイト「エレキギター博士」を2006年より運営。現役のミュージシャンやバンドマンを中心に、自社検証と専門家の声を取り入れながら、プレイヤーのための情報提供を念頭に日々コンテンツを制作中。
”丸サ進行”とは現代のポップスにおいて定番の一つとして知られるコード進行で、日本では椎名林檎「丸の内サディスティック」に使われたことから、この名で広まりました。その起源は70年代ごろに見ることができ、AORの巨匠ボビー・コールドウェルの「What You Won’t Do For Love」、そしてディスコ系音楽の走りとしてヒットしたシェリル・リンの「Got To Be Real」がこの進行をフィーチュアした最も初期の代表例としてよく語られます。
しかし、一般的にはやはり1980年にヒットしたグローヴァー・ワシントンJrの「Just The Two Of Us」に尽きるでしょう。コード進行とメロディとの美しい組み合わせ、現在まで続く都会的な雰囲気をすでに纏っており、スタンダードとして世界的に愛されているところを見ても、この進行の代表例として真っ先に持ち出すに足る存在感を持っています。そのような理由もあり、元々この進行は”Just The Two Of Us進行”として知られており、現在でもそのように呼ぶミュージシャンは少なくありませんが、日本人としては冗長で呼びにくいため、昨今この進行の楽曲が増えていくに従い、丸サという名が広まったのではないかと考えられます。
IVmajというメジャーコードから始まるわりに、進行全体ではマイナーキーの体を成している上、メジャーキーのトニック(Imaj7)が出てこないため、メジャー感が希薄。明るさと暗さの両方をやや感じるという曖昧な雰囲気が、切なさや一種の浮遊感を生み出しています。循環コードであるため、ひたすらループさせることで曲を仕上げることができるところも大きな特徴で、ループを活かした音楽の多い昨今の流行にマッチしていることも、この進行が多く使われている理由でしょう。
マイナー調でありながら暗くなりすぎない響きは、都会的なオシャレさを演出しやすいため、使用楽曲にもそのような雰囲気のものが多くを占めています。ドラムのパターン、ピアノのやギターのリフなどをループさせるのに、16ビートとの相性が抜群で、先にサウンドありきでボーカルはその上に乗るという形で作られることが多く、非常に字数の多い歌詞、細かなメロディになりやすい傾向があります。現在のポップスのトレンドとして、音数が多いものやラップ調の楽曲でさえ少なくないため、字数の多さや細かなメロディはむしろ望むところで、コードの響きだけで雄弁に雰囲気を語れるこの進行は、非常に相性が良いと言えます。反面、スローで流麗なメロディなどは作りにくく、同じ進行の繰り返しとなり飽きやすくなるため、サウンド面での構築にはかなり気を使う必要が出てきます。
ここでは、J-POP、K-POP、洋楽についてこの進行が登場する楽曲を紹介。この進行の妙である”III7”が登場し、かつイントロやサビなどで執拗に繰り返され、進行が聞き取りやすいものを選んでいます。
憂いを帯びた雰囲気、ダンス系の乗りやすいリズムなど、丸サ進行楽曲の特徴は1980年前後に生まれた元祖たちの中にすでに内包されています。日本で広まるきっかけになった「丸の内サディスティック」は1999年のリリース。
日本語がリズムの出にくい言語であることもあってか、キャッチーなメロディの楽曲が多いのがJ-POPの特徴。丸サ進行でも例外ではなく、特に英語圏の楽曲に比べると歌いやすい楽曲が並びます。生楽器中心のバンドサウンドの楽曲が多く存在するのも特徴です。
日本で広く聴かれる韓国アイドルの楽曲にも丸サ進行は多々登場しています。サウンドはJ−POPに比べてよりエレクトロ風味が強くなりますが、複数人で歌っているということもあってか、サビはキャッチーなメロディが中心。丸サ進行は曲全体を支配するというより、曲の一部で効果的に使われているケースが多いようです。
日本国内よりも定番進行としての確立も早く、数々の楽曲があります。90年代頃までは生楽器系のダンサブルな楽曲が中心ですが、昨今ではEDMの影響下にあるサウンドに、ほとんどラップのようなボーカルを乗せたものも多く、普通に話すだけでリズムが出る英語ならではの強みを感じます。
典型的な丸サ進行はこのようになっています。キーCメジャーで表記している赤字の方を見ればわかるのですが、トニックであるCmaj7ないしCが出てきません。Fmaj7というメジャーコードから始まるため、開始地点では明るい響きを持っているものの、2小節目の頭にはマイナーのトニックであるAmが登場しており、そこに解決するようにつながるため、進行そのものはマイナー調と言えます。しかし、すぐにFmaj7に向かうためのGm7-C7が登場することで、Amに安住するような気配がなく、また明るい響きをもつFmaj7に戻ります。マイナーキーでありながら完全に暗くは聞こえさせず、そこはかとない憂いの印象を与える原因はこのあたりにあると考えられます。
キーがCメジャーである場合、音楽そのものはCメジャー・スケール(ドレミファソラド)から成り立っていることがほとんどで、楽曲のハーモニーを司るコードも、そのCメジャー・スケールの7つの構成音から導き出された7つのコードがメインで使われます。この7つのコードをダイアトニック・コードと呼び、最も基本的なコードとして語られます。
ダイアトニック・コードはキーごとによってそれぞれの組み合わせがあるため、例えばAであればAmaj7、Bm7、C#m7~、EであればEmaj7、F#m7、G#m7~となり、12ものパターンがあるのですが、いずれも高さが変わるだけで、響きや働きは同じです。そのため、コード進行分析においては、トニックをIと定め、それぞれをローマ数字で表記することで、キーごとの差を感じさせないような手法が取られます。
上のダイアトニック・コードの欄にありますが、この7つのコードにおいてV7からImaj7にいく流れをドミナント・モーションと呼び、特にコード進行の根幹を成す重要な働きをしています。これはV7はImaj7あるいはIm7に行きたくなるという性質からくるもので、コード進行に推進力を与えるために不可欠なものです。ピアノの音といっしょに「起立・礼・着席」というものをしたことがあると思いますが、あそこで弾かれているコードがまさにImaj – V7 – Imajで、「礼」に当たる部分がV7です。「礼」で終わると気持ち悪いですよね。
キーCにおいてはG7からCmaj7がそれに当たりますが、G7には不安定を呼び起こすシ・ファという音の組み合わせがあり、それが安定的に響くド・ミを誘引するというところがこの進行が成立する理由となっています。不安定を助長するシ・ファの組み合わせはトライトーンと呼ばれます。
ここで丸サ進行にまた戻ります。この進行にはダイアトニック・コードに含まれないものがいくつか登場します(上に挙げたキーCメジャーのダイアトニック・コード一覧と見比べてみてください)。まずIII7、そしてVm7とI7です。
2小節目頭のVIm7、これをIm7とみなした場合、その前のIII7はV7となり、ここでドミナント・モーションが成立します。
また1小節目頭(3小節目頭)のIVmaj7をImaj7とみなした場合、直前のI7がV7となります。
全体的にはVIm7もIVmaj7もIではないのですが、ミクロな視点でこれをIと見なし、直前のコードをそこに向かうためのV7として書き換え、あるいは挿入といった形で入れ込んでしまうわけです。コードのアレンジとして非常によく使われる手法であり、この際に現れる便宜的なV7をセカンダリー・ドミナントと呼び、この進行にあるようにIII7、I7、あるいはVI7などが登場する下地となります。ちなみに黄色で書いている進行にはV7の前にIIm7が挿入され、IIm7-V7という流れを作っていますが、この進行をツーファイブと呼び、特にジャズでは最も基本的な扱いとなります。
丸サ進行には多くの派生パターンがあり、1小節に2つのコードがあるところを単純に倍の長さに伸ばしたものや、2小節目のVm7がないもの、2つ目のIII7を展開してIII7/#Vにしたもの、最後のコードをII7にしたものなど、無数の数に上ります。
どこからどこまでをこの進行の仲間として見るのかは特に決まっていませんが、切なさの演出のためにもっとも大きな働きをしているIII7、ループさせるための2小節目後半のターンアラウンド、これらを持たないものは丸サ進行と言うには、やや抵抗があるのではないでしょうか。
HaKaSession Vol.5「Just the Two of Hearts」
一口に丸サ進行と言っても様々な楽曲がありますが、暗くも明るくもない独特の雰囲気、ダンサブルな16ビート、複数回のループが前提、といった共通点があり、それこそがその人気ぶりの理由となっているのも間違いないでしょう。ここ10年ぐらいの楽曲に特に増えてきたのは、その共通点が現在流行している音楽性にマッチしているからに他ならず、この傾向はもうしばらく続くかもしれませんね。
HaKaSessionを…
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