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ブリティッシュ・トラッドを代表するギタリスト「リチャード・トンプソン」の名を聞いて「ああ、あの人ね」と即答できる人は、かなりの洋楽通だといえるでしょう。来日公演もあって日本での認知度は上がってきているとはいえ、いまだ日本語版のWikipediaに記事もありません。ところが欧米での評価は非常に高く、英語版Wikipediaの記事は25,000文字を超え、各アルバムに対してもしっかり記事が立っています。また世界的なメガヒットやグラミー受賞こそありませんが、
半世紀の活動が高く評価され、数々の名誉ある賞を受けています(OBEは他に、エリック・クラプトン氏、ジミー・ペイジ氏、ロバート・プラント氏、ブライアン・メイ氏が受賞)。ロサンゼルス・タイムズではトンプソン氏を、「(ボブ)ディランに次ぐ最高のロックソングライター、そしてヘンドリクス以来の最高のエレキギタリスト(“The finest rock songwriter after Dylan and the best electric guitarist since Hendrix.”)」と呼び、功績をたたえています。
今回はこの、リチャード・トンプソン氏に注目していきましょう。
リチャード・トンプソン氏は1949年4月3日、ロンドンに生まれます。音楽好きな家庭に育ち、幼い頃からロックンロールやジャズ、伝統的なスコットランドの音楽を浴びます。ギターを手にしたのは、アマチュアギタリスト(職業は刑事)の父親の影響であっただろうと推測されます。
18歳のころ(1967年)トンプソン氏は地元のバンド仲間と新バンド「フェアポート・コンヴェンション(FC)」を結成し、イギリス伝統音楽(ブリティッシュ・トラッド)とロックンロールを融合させた新しいサウンドを展開していきます。「卓越」と称されるトンプソン氏のプレイとソングライティングが人気を博し、同年シングルを発売、メジャーデビューを果たします。FCは「英国エレクトリック・フォークロックの原型」と呼ばれるほどの成功を収めましたが、1971年、トンプソン氏は脱退します(バンドは現在も存続)。袂は分かちましたが良好な関係は維持されており、この後もトンプソン氏のレコーディングにFCのメンバーが参加したり、FCの録音にトンプソン氏がかかわったりしています。
トンプソン氏は1972にソロデビューアルバムを発表、ツアーも行いますが、録音に加わりツアーにも同行したボーカリスト、リンダ・ピータース女史と結ばれ、夫婦ユニット「リチャード&リンダ・トンプソン」として活動を始めます。同ユニットは6枚のアルバムを制作、商業的にはぼちぼちでしたが、いずれも後からじわじわと評価されていきます。
ところが結婚生活は1982年に終わり、ユニットも解消します。再びソロ活動を開始したトンプソン氏ですが、今に至るまでだいたい2~3年おきにアルバムを発表する、安定的な活動を続けています。1985年以降のアルバムは英国では欠かさずチャートインしていますが、これが「離婚後のトンプソン氏は活動に弾みがついた」と言われる根拠になっています。ちなみに元妻リンダ・トンプソン女史との関係は悪くないようで、リンダ女史の録音に関わることもありました。
https://youtu.be/aLypHd3hJdU
Richard Thompson Band – You Can’t Win
静かなスタートからじっくり盛り上げていく壮大な楽曲。ハイブリッド・ピッキングを駆使したギターソロは圧巻です。そしてふつうサイズのフェンダー・ストラトキャスターがミニギターのように見える高身長。確かにこれには勝てない。
派手なステージングに頼らないトンプソン氏のストイック(チャラくない。音楽に献身的)な姿は「シブい」と言われます。しかしリードもバッキングも的を得た内容で、かつ高度な技巧が冴え、スリリングでもあって、とても聴きごたえがあります。FC時代からカントリー(米国音楽)とイギリス伝統音楽、それにロックをブレンドしたスタイルを確立させており、アメリカン・ミュージックの影響を感じさせながらブリティッシュ・サウンド特有の「ダーク」なセンスも感じさせます。エレキもアコギも達人で、アルバムではそれぞれを効果的に使い分けます。技術的には「ハイブリッド・ピッキング」が最も象徴的です。親指と人差し指でピックを持ちつつ、中指と薬指でも弦をハジきます。ピックに低音(伴奏)、指に高音(メロディ)を担当させることもあれば、ピックと指のコンビネーションで複雑なフレーズを構築することもあります。
Richard Thompson performs “1952 Vincent Black Lightning” at the 2012 Americana Music Awards
アコギの腕も超一流。足元にはがっつりエフェクター。それにしてもこれ、一人で演奏しているとはとても思えませんね。
アコギではCGDGBE、DADGBE、DADGADといった変則チューニングを効果的に使用し、サムピックを使ったアメリカンな演奏にブリティッシュな響きを与えています。本人は涼しい顔で演奏していますが、上の動画で見られる「親指でベースの演奏を維持しながら、高音側でチョーキング混じりのメロディを弾く」という芸当は、シブいながら高難度で、習得までにはかなりの修練を要します。
Beeswing
自身もかなり気に入っていると言われる楽曲「Beeswing」。シンプルかつ的確なアコギの映える、とても美しい曲です。
トンプソン氏は作曲家/作詞家としても高く評価されており、英国を中心にいろいろなアーティストにカバーされています。それでありながら巨大なヒット作が無いのは、「ご本人が売れることに興味がなかったから」だと伝えられています。それに加え、作詞に皮肉を盛り込む独特の作風も一因です。芸能人のゴシップやハプニングをイジるような内容の歌詞では笑えもするのですが、基本的に各曲の主題は暗くなりがちで、ハッピーな曲はなかなかありません。しかし、好きな人にはそれがたまらないわけです。
Dimming Of The Day
かのデヴィッド・フォスター氏がプロデューサーを務めた4人兄妹バンド、The Corrs(コアーズ)によるカヴァー。日本でコアーズはなかなかの認知度ですが、本国イギリスでは絶対的な人気を誇ります。
トンプソン氏は主にフェンダー・ストラトキャスターを愛用、1959年製および1955年製がお気に入りとのことですが、新しいものも使用します。アームを使用することはなく、いつも外しています。FCでストラトを使いだす前はP-90搭載のギブソン・レスポールを愛用していましたが、バディ・ホリー氏、ハンク・マーヴィン氏(シャドウズ所属)らに感化されてストラトに持ち替えたところ、これこそが自分の求めるサウンドだと実感したようです。このほか、ギター職人ダニー・フェリントン氏によるカスタムメイド、テレキャスター、ダンエレクトロなども使用しますが、総じてシングルコイル・ピックアップを備えたギターです。
アコギについては、現在は「ローデン(Lowden)」をメインに使用しており、同社からシグネイチャーモデルも発売されました。ローデンはイギリスを代表する超高級ギターメーカーで、一本100万円を越えるモデルもあります。
エフェクターも積極的に使用しますが、特に「ユニヴァイブ」を愛用、アコギにも使用します。
「Uni-Vibe(ユニヴァイブ)」は、1960年代に三枝文夫氏(現KORG)が開発したモジュレーション・ペダルで、フットペダルでエフェクトのかかり具合を操作できる。ジミ・ヘンドリクス氏やデビッド・ギルモア氏の使用でも有名。トンプソン氏は現在、これを精巧に再現したフルトーン社製「Deja’Vibe」を使用。
Richard Thompson – Dad’s Gonna Kill Me (2007)
Danny Ferrington氏によるカスタムメイド・ギターをバリバリ演奏するトンプソン氏。たび重なる試行錯誤の結果できあがったもののようで、フロントはP-90、センターがストラト、リアは何とブロードキャスター(テレキャスターの前身)から持ってきたのだとか。
大傑作『Liege & Lief』を作り上げた黄金ラインナップから中心メンバーが脱退したにもかかわらず、ブリティッシュ・トラッドとロックの融合を完成させた傑作と呼べる名盤。トンプソン氏のギターは「彼の全キャリアの中でも最高」と呼び声高い。
ギタリストとして脂が乗り切っている状態でバンドを脱退、満を持して発表した1stソロアルバム。FCメンバーなどブリティッシュ・トラッド代表ミュージシャンが多数参加しているので、この分野をチェックするのに最良。
ご夫婦での1stアルバム。商業的には大失敗だったが、やがてその内容が認められ、「傑作」と呼ばれる。アコギとエレキが良い具合のバランスで使われており、リンダ女史のボーカルと相まって心地よい。Rolling Stone誌の「史上最高の500のアルバム」にランクイン。
70歳になろうかという身で放つ、10年ぶりのセルフプロデュース作品で、わずか10日間のアナログ録音で完成させる。13の収録曲それぞれが川のように流れる。音楽的なチャレンジはなおも続いており、「もっとも創造的なアルバム」と称される。
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