エレキギターの総合情報サイト
EVERTONE PICKUPについて伺う中で、海外で常識的なミックスの手法や日本独自の音楽文化など、いろいろ興味深いお話を聞きました。第二部では、それらのトピックを門垣さんのスタジオや所蔵品と共に紹介していきます。
3階建ての一軒家を改築したスタジオは、アーティストの合宿所として貸すこともあるのだとか。1階には大型ブースとコンソール室がある。
門垣:まだまだ少数とはいえ、J-POPからもエンベロープカーブのデザインを取り入れた洋楽のサウンドが発見できます。日本人は洋楽をあまり聞かない印象ですが、洋楽的なサウンドの曲はヒットしているんです。私の知る限りでは1999年にはGoh Hotoda氏ミックスによる宇多田ヒカルさんの大ヒットがあり、2017年頃からはK-POPブームの影響で研究が進み、少しづつ洋楽的ミックスが増えてきました。昔はとても難しかった作業も現代であれば理解の有無と、専用ツールを使うか使わないかだけの話です。現代では洋楽のクオリティでミックスができる入り口に、誰もが立っています。
ツマミが整然と立ち並ぶ、コンソール室の正面。
SEKAI NO OWARI「Habit」
エンベロープに注目したエンジニアリングの例。最小限のパート数と音数でも、充分な音圧とグルーヴを生みだしやすい。パート同士がマスキングしにくく、パート数が少ないのも手伝い全パートが聞き分けやすい。ただし、音がちょっと生っぽくないのが苦手な人はいるかもしれない。
門垣:この曲の場合、冒頭のギターの単音リフだけでノリが出ているし、私の耳ではキックとスネアがひとつのパートとして聞こえ、踊りたくなるようなグルーヴが出ています。
バスケットボールをやろうとしたら、バスケットシューズが必要です。洋楽のミックスにおけるエンベロープカーブのデザインは、スポーツにおいて専用のシューズを履くくらい根本的に当たり前です。洋楽のレコーディングやライブのPAでは、すべてのトラックで必ずエンベロープのデザインが施されます。
Aimer「残響散歌」MUSIC VIDEO(テレビアニメ「鬼滅の刃」遊郭編オープニングテーマ)
周波数に注目したエンジニアリングの例。ノリと音圧を生みだすために増やしたパート数と音数を、超絶的な音量調整でまとめている。世界的に見ればガラパゴスかもしれないが、洋楽勢とは違うアプローチで日本独自の音楽文化を築いたとも言える。門垣さんにとって、この曲の各楽器は別々のノリに聴こえるそうだが・・・?
門垣:日本のミックスは、まず周波数で考えます。全パートのアタックが鋭いままなので、耳の痛い音にならないようにパートごとに中心周波数を変えていく細やかな作業が必要です。エンベロープの概念がないために選択しなければならなかった技法ですが、逆にエンベロープ処理をしない生音っぽいミックスは、日本人特有の超絶技巧でもあります。但し、エンベロープ処理したほうがミックスはラクチンです。
この曲に関してはわざと「昔の歌謡曲っぽく」というようにわざと古典技法や汚し処理を行っているように感じます。アニメの絵柄とサウンドのマッチングはアニメソングにとってとても大切です。
モデリングでもプラグインでもなく、まさしく本物のマーシャル「JCM2000」とボグナー「Ecstasy」。
門垣:刺身や寿司のように素材の良さを楽しむ文化が日本にはありますが、そういう精神がエンベロープカーブの認知を遅らせる要因でもあったのではないかと思っています。良い音として出された音を大胆に加工するという発想が、日本にはなかったんです。西洋ではいくら鮮度の高いお魚でも必ず火を通す、それくらいの気持ちで必ずエンベロープカーブのデザインをするんです。
白と黒のFRIEDMAN。取材のことなど忘れて思い切り鳴らしてみたい。
門垣:日本人はエンベロープカーブが生演奏時から加工されている、エンベロープカーブでグルーヴを作っている洋楽の音源を手本にしながら、それをどうにかして「点」の音のまま、演奏のタッチと周波数調整で達成しようと努力してきました。日本人は本当にすごくて、プレイヤーもエンジニアも、根本的に本当に難しいことをやってきているんです。それだけに日本人の技術レベルはものすごく高いですから、エンベロープカーブのデザインが周知されれば必ず海外に通用します。
BPM=480で時を刻むというROLEX「COSMOGRAPH DAYTONA」。高額なものだが単にお金があれば手に入るわけでもなく、正規店で入手するにはいろいろな難関があるのだそうだ。
門垣:エンベロープカーブのデザインを習得する決意も含めて、ロレックスの正規店で「デイトナ」を手に入れました。この時計は、秒針が8分の1秒(125msec)で動きます。この8分の1秒に常に触れることで、自分の基準クロックを1秒から8分の1秒へチューニングしたんです。この連打を8ビートのダウンピッキングみたいに感じると、さらに裏のタイミングを認識できるようになり、16分の1秒を判別できるようになります。
このトレーニングにより、この短い「チッ」を構成するエンベロープ(アタック、ディケイ、サスティン、リリースの4つ)を認識できるまでになります。デジタルでは数字が出ますが、アナログならば自分の耳で判断できなければなりません。自分の耳でエンベロープが認識できるようになったおかげで、ミックス作業が楽になりました。
(人間の知覚や思考は体の動きや一般的な時間感覚よりもずっと細かい精度で機能しており、これが理解できると超高速で思考を巡らせたり、非常に効率よくサウンドの記憶や記憶の照合を行うことができるようになる。)
1965年製ジャガー。サーフミュージックのイメージばかりではない。凶暴に歪ませたガレージロック系のサウンドがことのほかハマる。
門垣:私自身はあんまりギターを弾けないんですが、レコーディングでこのギターを試してみませんかと出せるよう、欲しい音の出るギターを揃えています。「このギターはこの音がする」という具体性と、間違いなく良い音が出るというクオリティがヴィンテージギターにはあって、必然的にヴィンテージばかりが集まったんです。ただしヴィンテージにはピッチの甘さや道具としての都合の悪さがあって、そこから脱するのが難しいとも感じています。
1989年製PRS Custom 24。PRSデビューイヤーの1985年モデルと同じ仕様、同じピックアップを備えている特別仕様。木が硬く、生音の立ち上がりが早い。門垣さんのスタジオは機材もヴィンテージギターも半端ない状態だが、ここから車で10分のところに正倉院がある。奈良にいる限り、コレクションを自慢することはできないのだとか。
門垣:私のようにうまく演奏できない人間からすると、エレキギターには大なり小なり欠点があります。弦やポジションごとに音の立ち上がり方が違うのに、タッチの操作で均一に弾けと言われても非常に難しく、5弦以上のベースに至っては自分には不可能だとしか思えません。エレキギターなど近代楽器の演奏が伝統芸能ではないと仮定した上で、音楽を作る為の演奏を楽器の都合に合わせて演奏するなんてどうかと思います。
それでもプレイヤーはそんなことをやってのけている。それは私からすれば超絶技巧の極みです。
1989年製の検証用に調達したという1988年製PRS Custom 24。セラミック磁石を使用した「HFS」ピックアップ搭載。前出のレスポール・コンバージョンに近い、カッチカチのマホガニーが使われているのだとか。
門垣:音楽は時代を経て進化してきたのに、楽器はヴィンテージが求められるばかりであまり進化してきませんでした。スタンダードの概念にとらわれていてリバースエンジニアリングばかりしていては、現在の機材はいつまでたってもヴィンテージに負けっぱなしです。ヴィンテージじゃないとダメだとかOLD NEVEじゃないとダメだとかじゃなくて、もっと自由にわくわくしながら楽器や機材を選びたいじゃないですか。
幸い現代のギターはプレイアビリティやピッチの良さ、道具としての便利さは進化しています。EVERTONE PROJECTでサウンドも進化させられたと思っています。そのためスタジオに置くストラトは、NEWTONEおよびNEWTONE Class-S搭載、Wood Custom Guitars製のEVERTONE GUITARのプロトタイプに換わりました。
3階のコンソール室は、所々に遊び心が伺える。NEVE MelbourneコンソールはGREEN DAY、Goh Hotoda氏を経て現在門垣氏が所有している。
EVERTONE:弦の振動はギター本体の柔らかい堅い、軽い重いで決まり、ピッキングに対する反応、物理で言う「作用反作用」で説明できます。硬ければ立ち上がりが早く、柔らかければ突出したピークが出にくい代わりにタッチのばらつきが抑えられます。また軽ければエアー感が出ます。それで言うと、ホロウボディはボディーが薄いため、アタックが抑えられます。
一方ピックアップはギターの生音を拾うわけではなく、弦振動自体を拾って電気信号に変換します。ピックアップの設計によって、ギターの音色に含まれる倍音は大きく変化します。弦振動とピックアップは、分離して考えることができるわけです。
特に日本では電気回路と音との関係が無視され、木材と木工にばかり注意が向けられてきたと思っています。日本の古いエレキギターは良いものが多いと言われますが、ピックアップは残念なものが多いんです。EVERTONE PICKUPに載せ替えたら、ほとんどのギターはそれだけで即戦力のギターに早変わりします。
──「ギター本体が100%でピックアップはそれを拾うだけ」ではなく、ピックアップも同じくらいサウンドに貢献しているということですね!
2階は居住空間になっているが、やはりいろいろな機材が待機している。エンジニアならこの一台一台について朝まで語れそう。
EVERTONE:NEWTONE Class-Sを搭載すれば、立ち上がりの速い音が得られます。しかし、ヴィンテージは生音から早い音がします。これは材料の木材が総じて堅いからです。当時は大きくなりすぎた木や、成長しきった木を使っていたんです。そういう木を使いきってしまってからは植林した木材を使うようになったんですが、植林の木材は育ちきる前の段階で伐採します。樹種は同じでも育ちきった木は堅く、育ちきっていない木はそこまで堅くありません。乾燥させる前から木材が違っていたんです。ヴィンテージギターと同じ木材は、もう手に入らないと思って良いでしょう。
門垣:キューバンマホガニーを使ったレスポールを作ってもらうのに、それに見合ったトップ材の調達だけで2年も待ったことがあります。確実に良い楽器をできるだけ多くのミュージシャンに届けるためには希少材を追い求めるより代替材を探した方が早いし、メーカーによってはそのほか多層構造にしたり金属のブロックを埋め込んだりするなど、別のところで工夫を重ねています。
Wood Custom Guitars上田氏はもちろん、EVERTONE PROJECTの総大将Kino Factory代表の木下さんから本体側のこだわりや工夫を知って、日本人のすごさを目の当たりにしました。
こんな生粋の職人さんと最新技術が融合するんですから素晴らしい楽器ができないわけがありません。
──ありがとうございました!
以上、取材時に伺ったいろいろなトピックを紹介しました。EVERTONE PICKUPについてより深く理解できる感じの内容でしたが、将来的にリリースされるであろうEVERTONEブランドのギターを予感させもしました。EVERTONE PROJECTが今後どんな製品を開発するのか、期待して注視していきましょう。
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