全く新しいコンセプトのピックアップ EVERTONE PICKUP 訪問取材

[記事公開日]2023/3/1 [最終更新日]2023/3/1
[ライター]小林健悟 [撮影者]神崎聡 [編集者]神崎聡

EVERTONE PICKUP

「EVERTONE PICKUP(エバートーン・ピックアップ)」が、「エンベロープカーブのデザイン」という全く新しいコンセプトで話題を集めています。本来ならレコーディングでしか得られなかった音質での生演奏が可能になったというのです。EVERTONEとはどんなピックアップなのでしょうか。ギター博士取材班は奈良県に飛び、EVERTONE PROJECTを統括する門垣良則さん、ピックアップ部門を担当する藤野州豊さんのお話を伺いました。

EVERTONE PROJECT

──上手側:門垣良則(かどがき・よしのり):MORG代表、合同会社GRAND ORDERプロデューサー、サウンドエンジニア。
EVERTONE PROJECTを統括するほか、レコーディング機材の開発と販売、プロ向けのミックスレッスンなど幅広く活動している。音楽室に掲示する作曲家の肖像をイメージして、音楽家だと判るような髪型にしているのだとか。

下手側:藤野州豊(ふじの・くにと):ピックアップブランドEuphorealプロデューサー。
EVERTONE PROJECTではピックアップ部門を担当。過去にレコーディングエンジニア、ギター製造業を経て、ピックアップの重要性に着目して独立。

──宜しくお願い致します。お二人はどうやって知り合ったんでしょうか。

門垣:宜しくお願いします。EVERTONEはギターとベースを作りたくて立ち上げました。7年くらい前からギター研究を進めていて、EVERTONE PROJECT立ち上げからは1年ほどです。ピックアップを作れる人を探していて、あるアーティストさんを介して藤野さんと知り合ったんです。なんと車で20分のところにいたと(笑。

ThroBak 藤野さんと会うまでは、海外から高額なピックアップを調達していたという。これはその一つ、50年代当時実際に使われていた機械を使い、当時のレシピで作るバキバキのヴィンテージレプリカ、泣く子も黙る「ThroBak(スローバック)」。

藤野:僕にもエンジニアの経験がありましたから、共通の言語が使えてスムーズなやりとりができます。またお互いにピックアップの作り方もエンジニアリングも教えられるくらいに、理屈が分かっています。

※)以下、特に必要がない場合にはお二人をEVERTONEとしてまとめています。

そもそも「エンベロープカーブのデザイン」とは?

エンベロープカーブ ボールのバウンドをイメージすると、「エンベロープカーブ」が理解しやすい。

EVERTONE:まず、「エンベロープカーブ」とは何かです。いろいろなボールを床にバウンドさせると、ピンポン玉はカッカッカという「点」の音がします。ボールの径が大きくなるにつれ、テニスボールではドッドッド、バスケットボールではダムダムダム、という「面」の音になります。このカッカッカとかダムダムダムとかという違いがエンベロープです(細かい説明はさておき)。

例えば2個のピンポン玉を同時にバウンドさせようとしても、点の音ではタイミングを合わせにくいんです。これが面の音になると、アタックの時間が長くてずっと合わせやすくなります。バウンドする時、ピンポン玉はほとんどたわまず、テニスボールはわずかに、バスケットボールはもっとたわみます。たわんでいる時間はアタック後のピークがホールドされている状態に近く、これをDAWプラグインで扱う「ピークホールド」のように考えるところから理解をスタートします。

EVERTONEはエンベロープカーブをデザインし、ピークホールドを作るような要領でギターの出す「点」の音を「面」の音にしてアンプに送る、世界初のピックアップです。

エンベロープカーブをデザインするメリットとは?

グルーヴが生まれやすい

EVERTONE:ピークホールドの幅が広い方が楽器同士のピークの接点を多く取れるので、「発音のタイミングが合っている」と感じやすくなります。エンベロープカーブが重なることで全パートがひとつの音楽のように聞こえ、動き出したくなるようなノリが生まれます。その中で人間的な揺らぎも入っている状態を我々は「グルーヴ」と定義しています。ピークが点になっている状態やエンベロープカーブが適切でない状態だと、たとえプレイヤーの力量でグルーヴィーに演奏してもどちらかというと各楽器パートがバラバラに聞こえてしまいます。

各パートが共存できる

EVERTONE:エンベロープカーブがデザインされていて、ピークが制御できているとトランジェント部分においてパート同士が共存しやすくなり、何かを上げたからといってどこかを下げる必要がなくなります。ギターとボーカルはもともと周波数が近くて干渉しやすいんですが、エンベロープカーブがデザインされていればトランジェントが衝突しないため、ギターの音量を上げてもボーカルの邪魔になりません。エンジニアの作業が軽くなり、レコーディングがスムーズに進行できます。

トランジェント(Transient):音の立ち上がり部分に含まれる、ノイズ的な音。

エンジニアに代わって気持ち良い音を作るピックアップが完成した。

門垣良則 コンソール室の門垣氏。向かって左側、丸いツマミが並んでいるのがいわゆる「OLD NEVE」。

門垣:人間がいい音と感じる原理をアナログ機器から解明しようと思って、まず徹底的にNEVE(ニーヴ)を研究しました。結論として「NEVEさえ通せば良い音になる」とまで言われるのは、NEVEを通すとトランスや実装パーツの影響でアタックやピークに特徴的な変化が起きるからです。

「NEVEは歪んでしまっても音楽的である」と言われるように、歪んでピークが矩形波となっている状態でも心地いいのですが、つまりこれはクリッピングによりピークがホールドされている状態を指します。そりゃNIRVANAはじめ時代を超えてドラムレコーディングで愛されるわけです。

NEVEの音楽的に重要な部品はトランス(変圧器)で、神格化すらされています。この原始的な回路で起こっていることは回路図には載らない「電気の挙動」なんですが、この謎を物理特性の観点から解明しました。

そしてピックアップはトランスと同じく、コイルを使っている回路です。NEVEの研究で得た知識をピックアップに落とし込むことでNEVEのトランス以上の効果を、しかもミックスでの信号処理作業をするかの如く緻密にデザインして出せるようになったんです。

各モデルで2種類のエンベロープが選べる。

エンベロープカーブ模式図 EVERTONEの説明がこれ一枚で片づいてしまうという、エンベロープカーブの模式図。左端がピッキングの瞬間で、山の頂点(ピーク)を描くようにアタックが立ち上がり、やや落ちて安定し、そして消えるまでを現している。一般的なピックアップのピークが尖っているのに対し、NEWTONEもNEWTONE Class-Sも丸みがある。これがピークホールドのようにピークの面積を広く感じさせる要素となっている。

EVERTONEエンベロープカーブをデザインして楽器の表現力を拡大させるのが、EVERTONE PICKUPの本質です。エンベロープカーブは2種類を用意していて、そこから各ギターに合わせたモデル展開をしています。「NEWTONE Normal」はブルースやクラシックなロック/ハードロックあたりに良く、演歌など抒情歌にもぴったりです。「NEWTONE Class-S」はモダンなサウンドやハードに歪ませる音楽で無類の威力を発揮します。価格差こそあれグレードが違うというわけではなく、音色の好みというより守備範囲の違いで選ぶイメージです。

EVERTONEピックアップ 金属製カバーにはブランド名が刻まれる。外観で区別は付けられないが、音を出せば必ず分かるくらい、キャラクターがはっきりしている。

NEWTONE

EVERTONE:「NEWTONE」は旧来のピックアップの挙動に近いまま、エンベロープカーブをデザインすることで、トランジェントの挙動を一流エンジニアがミックスした後のような、弦本来の挙動のような出力信号にします。エンジニア的には、コンプ感やバイト感と表現する音です。アカペラで単音のメロディを弾いても音楽的に聴こえ、ブリッジミュートの音にノリが出ます。強く弾いても破綻せずに良い音でアウトプットできますし、余韻を残してもいるのでゆったりした曲にベストです。

NEWTONE Class-S

EVERTONE:「NEWTONE Class-S」はこれを早送りした、「音が速い」状態を作る設計です。通常のアルニコピックアップなどより立ち上がりが速く、ディケイも早い状態をアナログで作っています。アニソンやメタルやファンクなどテンポが早かったりキレが求められたりする音楽によく合い、歪みとの相性が良いのでエクストリームな音楽やテクニカルなプレイにも合います。

2タイプの違いを確認するために用意された、2台のテレキャスター・タイプ。格安の本体で生音こそ残念だが、何十万円もするギターを弾いているかのような美しい音がアンプから出てきて、まず驚かされた。いずれのモデルも周波数分布についてはビンテージギターに求めるような倍音が得られることを前提として、モデルにより低域の補強など、実用的なサウンドとなるよう設計されているそうだ。
「NEWTONE」はアタックが丸く、クリーン~クランチが大変気持ち良い。「NEWTONE Class-S」は立ち上がりの速い印象で、現代的なドライブサウンドが心地よい。両者ともキャラクターの違いこそあれ、鳴らすとアンプから音楽が流れてくるような、不思議な体験だった。

「世界初」が正式に認められた。

門垣:iZotope社の「Ozone」などの登場により、デジタルの分野でエンベロープのデザインがミックスのフローの中で常識化するのはもはや時間の問題です。しかしそのデザインをピックアップというコンポーネントに落としこんでいるのは、EVERTONE PICKUPが世界初です。大本となる理論は独自の回路で国際特許を申請し、新規性が認められているものです。考案したのが私で、それを実現できるのが藤野さんです。

藤野:発想が一般化すれば我々でなくても、エンベロープカーブのデザイン自体はできるようになるでしょう。しかし、有用なエンベロープにデザインできるかどうかは別の話です。また分解したところで、例えば8000巻きのコイルの1巻き目から8000巻き目までをチェックしようがないですから、コピーしようにもできません。

ピックアップでエンベロープカーブをデザインするメリットとは?

EVERTONE:エンベロープのデザインは通常、録音した音やPAに送った音に対しての処理です。しかしEVERTONEはピックアップで同じ処理をしますから、ギターを鳴らした時点でエンベロープカーブがデザインされた音が出ます。自宅での録音やストリートライブで優秀なPAが的確なツールでプロセッシングしたようなトッププロと同じ音を出すことができ、地元のライブハウスのギターアンプから大阪城ホールと同じクオリティの音が出せます。
当然ピックアップというシンプルな回路なのでエフェクト処理より自然で、プレイヤーの弾き方に無段階に寄り添いますし、プレーヤーの表現をそのままリスナーに届けられます。

演奏が気持ち良くなり、バンドがグルーヴする

EVERTONE:エンベロープがデザインされているとバンドアンサンブルで合わせやすく、グルーヴが生まれやすい、またお互いのパートの音量が大きくてもトランジェント成分やピークが邪魔になりにくいというメリットが得られます。EVERTONE PICKUPはこのメリットをバンド練習や仮ミックスの時点から享受できます。最初から気持ち良く演奏できるし、ボーカルが歌いやすくなります。

普通はアンプからレコードの音は出ません。しかしEVERTONE PICKUPなら可能です。一人で単音のメロディを弾いても音楽的に聞こえますから楽しいし、練習が長続きします。

耳の痛い音にならず、音作りが変わる

EVERTONE:ピックアップでエンベロープがデザインされる大きなメリットは、ペダルやアンプの前段階で処理されていることです。機材の挙動が変わり、音作りの可能性が広がります。

普通なら、ハイを上げると耳が痛くなりますね。これは実はハイが痛いのではなく、アタックやピークが尖っているのが問題だったんです。エンベロープカーブを適切にデザインするとピークを抑えることができるため、ハイを上げても痛くなりません。

またドライブ全開やリバーブ全開(Class-S)など、普通なら尖ったりこもったり霧がかったりするような極端な設定でも破綻せず、音楽的なサウンドが得られます。「シャーーー」というノイズも出にくくなります。モダンハイゲイン、ダウンチューニング、多弦を使うような人は泣けるほど感動すると思いますよ。

「良い音だ」と人間が感じる音色を狙う

1969年製レスポール・スタンダード 門垣さん所蔵、1969年製レスポール・スタンダードのP-90をリアルPAFに載せ替えた、「レスポール・コンバージョン」。ヴィンテージギター特有の立ち上がりの早さは木材の硬さに起因するが、倍音はピックアップによるものだそうだ。

EVERTONE:EVERTONE PICKUPの本質はエンベロープカーブのデザインですが、これは科学と物理の話だから音色の話ではありません。音色は倍音で決まり、倍音が多い音は単音でもハーモニーに聞こえます。我々はエンベロープカーブとハーモニーの二つが、耳に入ってきた音を脳が「音楽」と認識する要素だと考えています。

だから倍音成分にはものすごく注意を払っていて、全く新しい音ではなく聴いたことのある良い音、例えば60年代のストラトの音などに聞こえなければならないと考えています。そのため実際のヴィンテージギターをリファレンス(基準として参照)し、フェンダーやギブソンなどそのギターに求められている音になるように調整しています。ヴィンテージギターは倍音が多いですから、ハーモニーという意味で非常に音楽的だと言えますね。

PAFピックアップ レリックではなく本当に半世紀という時間を経た、何とも風格のあるたたずまい。

EVERTONE:ギター用は今のところ、ストラト用とテレキャスター用のシングルコイル、PAFタイプのハムバッカー、P-90、ジャズマスター用があり、それぞれ実際のヴィンテージギターから得たデータをもとに音色を設定して仕上げています。ハムバッカーは、実際にリアルPAFと比べて音を決めています。ストラト用は1963年製の音を追及していて、オリジナルと区別がつかないくらいの周波数帯を達成しました。

1962年製ジャズマスター 門垣さん所蔵、スタジオワークで大活躍しているという1962年製ジャズマスター。現代J-popギターボーカルに求められる、ジャリっとした模範的な音が得られる。独特のザラザラ感は、このブリッジだからこそだという。

EVERTONE:ジャズマスターのリアピックアップは音に厚みがなく、単体では使わないのが定説化しています。ですがEVERTONE PICKUPではリアを単体で使えるように、ローを増強しています。正式リリース直前から各ピックアップをライブやレコーディングで錚々たるアーティストに使ってもらっていて、フィードバックをもらいながらブラッシュアップしていきました。

もちろん今後も同様のスタンスで製品開発をしていきます。EVERTONE PICKUPはもちろん、EVERTONE PROJECTで作る製品はプロジェクトメンバーが満足することはもちろんですが、それを押し付けるのではなく、アーティストと共に満足できる製品であることが大事だと考えています。

EVERTONEが切り拓く未来

EVERTONE:まずメーカーの既存モデルにEVERTONEを搭載したギターをリリースし、その後でEVERTONE PROJECTからオリジナルギターを発表したいと考えています。プロギタリストがパッと買えるような高すぎない価格設定で、間違いなく即戦力になる楽器を作るのが目標です。ヴィンテージギターに求められる要素をモダンなプレイアビリティの中に収めることで、「ヴィンテージを買わないとその音が出ない」と多くの方が思っているような状態を打破したいです。

門垣:エンベロープカーブのデザインは海外のミックスでは常識なんですが、日本ではまだまだ周知されていません。私自身は多くの日本のミックスが洋楽のレベルに届いていないと感じていて、それは私のみならず多くの音楽家が洋楽や海外のサウンドに憧れてきたことからも、ある程度多くの方がそう感じてきたと思っています。

私はその答えをずっと探していました。謎を解く鍵は、エンベロープカーブにあったんです。

2023年現在ではミックスにおいてはエンベロープカーブを意識した洋楽的な素晴らしいミックス作品も多くなってきています。

そこでプレイヤーがEVERTONE PICKUPを使うことで、日本のエンジニア業界でもエンベロープに対する認知が広がっていくはずです。プレイヤーとエンジニアが相互に日本の音楽をアップデートしていけば、もっとたくさんのミュージシャンが注目を集められます。

野球もサッカーも、初めは海外に通用しませんでしたが今ではどうでしょうか?アニメだって世界的な地位を獲得しています。そんな中で素晴らしい日本のミュージシャンが世界に通用しないわけがない。EVERTONE PROJECTは多くのプレイヤーに世界への扉を開くことができると確信しています。

──ありがとうございました!


以上、エンベロープカーブのデザインという全く新しい発想で作られるEVERTONE PICKUPについて、門垣良則さんと藤野州豊さんのお話を伺いました。本記事ではエンベロープの中でも特に「トランジェント」に注目していますが、実際にはアタックの減衰や音の消え方など、さらに奥深く追及したデザインになっています。すでに第一線で活躍するギタリストが使い始めているので、あなたももうEVERTONE PICKUPの音を聴いているかもしれません。ぜひチェックしてみてください。

第二部では、取材中に伺ったいろいろなトピックを紹介していきます。

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