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《突き抜けるパンクサウンドとテクノ要素》Alec Empire「Futurist(2005)」

アレック・エンパイア Intelligence & Sacrifice

アレック・エンパイア(Alec Empire)氏は、テクノとハードコアを融合させた「デジタル・ハードコア」の第一人者です。ご自身が主導するバンド「アタリ・ティーンエイジ・ライオット(Atari Teenage Riot / ATR)」では、一貫して反国家主義、反ファシズム的なメッセージを重く烈しいサウンドで打ち出しています。そのかたわらソロとしては、ずっしりと重いロー・ビートからハイテンションなブレイク・ビートから、さまざまな方向性に果敢に挑む、実験的なアルバムを多く発表しています。そんな中で今回は、最もロック的なアルバム「Futurist(2005年)」に注目していきましょう。


Alec Empire “Kiss of Death”
アルバム「Futurist」オープニング曲。何でもかんでも怒った感じに熱唱するのがアレック氏のスタイルです。デジタルとハードコアの融合を模索してきたアレック氏ですが、本作ではデジタル要素は少なめで、バンドのアレンジに思い切り振りきったサウンドを構築しています。

Alec Empireって誰?どんな人?


Atari Teenage Riot “SPEED” (REMASTERED)
映画「ワイルドスピード3(2006年)」サウンドトラック収録曲。アレック氏は、情報サイト「エレキギター博士」の歴史上おそらく初めてピックアップする、ステージ上でギターを弾くことがほとんどないミュージシャンです。ATRのステージではメカの操作と怒号を担当、エレキギターのサウンドは、サンプリングで使用しています。

アレック氏は1992年以来、最速で年間4枚という超ハイペースで現在までに通算30枚近くのアルバムを発表、15作の映画に関わり、多くのリミックスを手掛けています。ご自身が構築した「デジタル・ハードコア」の新しいサウンドが注目され、アーティストとのコラボレーションも多く手掛けています。映画「スポーン(SPAWN。1997年)」ではサウンドトラックにてスラッシュメタルバンド「SLAYER」と組んだほか、ビョーク、ラムシュタインら大物とのプロジェクトに携わっています。親日家でもあり、少年ナイフ、The Mad Capsule Markets、ギターウルフらと組んだこともあります。アレック・エンパイア氏がどんな人物なのか、ちょっと見していきましょう。

反逆精神を育んだ少年時代

アレック・エンパイア氏は1972年、西ドイツ(当時)の首都ベルリンに生まれます。母方の祖父は億万長者でしたが、父方の祖父は過激な活動家で、第二次世界大戦中にナチス強制収容所で亡くなっています。父親は労働者階級の社会主義者でした。アレック氏ご自身は、冷戦体制下でドイツを東西に分かつ「ベルリンの壁」のすぐ近くで育ちました。通学で「壁」の前を通る時には銃を持った警備員が日常的に見られました。こうした環境が、アレック氏の人生観に多大な影響を及ぼしたと考えられています。

8歳からギターを弾き始めますが、10歳でいったんラップに夢中になり、路上パフォーマンスを行ったことまであります。しかしこのジャンルが商業的であることに早くも幻滅し、家庭環境もあってパンク・ミュージックに傾倒、12歳で最初のバンドを結成します。しかしながら16歳のころには「パンク運動は死んだ」と感じ、クラシックを聴いたりシンセやサンプラーなど電子楽器を模索したりしていきます。

電子音楽で開花、そして若くしてレーベル設立

パンクから離れたアレック氏は、レイヴにのめり込んでいきます。レイヴとはダンス・ミュージックを一晩中かけ続ける大規模なイベントで、定期的なクラブイベントとは異なり倉庫や廃屋、または農場などで単発的に行なわれました。ベルリンの壁を崩壊させたドイツ統一(1990年)以降は、西ベルリンのレイヴ・シーンが商業化しているのを嫌って東ベルリンのレイヴに出入りします。

この頃のアレック氏はすでにプロデューサー、またDJとして才能を発揮しており、数多くのレコーディングを手掛けてもいました。社会問題にも関心が高く、志を同じくするメンバーとともに1992年、「Atari Teenage Riot(ATR)」を結成します。バンドは翌年メジャー契約を獲得してシングルをリリースしますが、レーベルの方針に従うのを嫌って離脱、その翌年には自身のレーベル「デジタル・ハードコア・レコーディングス(DHR)」を立ち上げます。

ATRは大物アーティストとのツアーなど数々の成果を上げましたが、多忙な生活が続いたこともあってアレック氏は精神的に疲労困憊、メンバーの死もあり、2000年ころにいったん活動を休止します。それからの約10年間はソロアーティストとして活動していましたが、2010年にATRの活動を再開しています。

さまざまな電子音楽を研究

アレック氏はパンク/ハードコアをルーツとしながらも、さまざまな電子音楽に手を伸ばしています。はじめはベルリンのレイヴ・シーンの影響から、アシッドハウスやテクノを志向していました。ATRでデジタル・ハードコアのサウンドを世に訴えつつ、自身のソロでは

  • ドラムンベース/ジャングル「Cook(DJ Mowgly名義。1994年)
  • デトロイトテクノ(Jaguar名義で1994年以降5作)
  • アンビエント「Low on Ice(1995年)」
  • ブレイクコア「The Destroyer(1996年)」
  • ミュジーク・コンクレート「Les Etoiles Des Filles Mortes(1996年)」
  • ノイズ「Miss Black America(1998年)」
  • チップチューン「We Punk Einheit!(Nintendo Tennage Robots名義。1999年)

といった感じで、さまざまな電子音楽のサウンドを研究、アルバムごとに全く異なる世界を見せてくれます。器楽曲がメインで歌曲もあるよ、という配分ですが、ATRがいったん停止した2000年以降のソロ作では積極的にマイクに向かっています。

何かを訴えることに意義がある

ナチスによって親類を失ったこと、冷戦体制下の社会で育ったこと、こうした育った環境に加え、早くから商業主義、すなわち売れ線狙いを毛嫌いする考え方が、アレック氏の音楽に大きな影響を及ぼしています。あるインタビューでは、音楽には人を楽しませることと何かを訴えること、二つの役割があるとし、自分にとっては訴えることの方が重要だと語っています。また音楽には「表現したい」というモチベーションこそが重要で、SNSのフォロワー数でも動画サイトの再生回数でもなく、音楽そのものが重要なのだとも語っています。

どんな機材を使っているのか?

アレック氏はステージ上でギターを弾くことがほとんどありません。どんなギターを使っているのか、正確な情報はなかなか得られませんが、SGやフライングVを使っているようです。しかしサウンドへのこだわりは深く、ギターのサンプリングを鳴らすためにステージにギターアンプが置かれることもあります。

電子楽器としては、新旧数々のシンセサイザーやサンプラーが挙げられます。その中でもローランド社製リズムマシン「TR-909(1983~1985)」は、ATRの活動にとって特に重要な地位にあるようです。「TR-909」はローランドのリズムマシン第一号「TR-808(1980~1383。俗称「やおや」)」の後継機で、アナログ回路でドラムのサウンドを調節できました。TR-808はヒップホップの隆盛に大いに貢献し、TR-909はテクノ、ハウス、アシッドなどのダンスミュージックに影響を与えたと言われます。

Atari Teenage Riot(ATR)とは?


Atari Teenage Riot – “Black Flags” feat. Boots Riley/ Anonymous (Edit2!)
「証言の時間が2秒与えられた」という絶望的な状況を歌う佳曲。このMVは、米国MTVミュージックアワードにて「ベストプロテストソング・オブザイヤー」にノミネートされました。そもそも「プロテスト(抗議)ソング」というジャンルが認知されているあたり、世界は広いですね。

アレック氏の率いる「アタリ・ティーンエイジ・ライオット(ATR)」は、ドイツのテクノとハードコアパンクを融合させたサウンドによって、ファシズム復興を目論むネオナチのサブカルチャーを否定するために結成された、と伝えられています。訴えるテーマは左翼的、無政府主義的、そして反ファシスト的な内容が多く、本国のドイツではデビュー当時からさっそく物議をかもしました。なお、バンド名に冠する「アタリ」は、アレック氏の生まれた年と同じ1972年に創業した、コンピューターゲーム会社「ATARI」の社名です。


Atari Teenage Riot – Berlin May 1st 1999 with Alec Empire commentary
1999年の野外ライブでは、ちょうど居合わせたようにNATOを抗議するため集まった群衆が警察に暴動を起こしました。ATRメンバーは全員、暴力を扇動した容疑で逮捕されましたが、無罪となりました。

ファンクやラップからサンプリングして構成したブレイクビーツとノイズ・エフェクト、そしてギターのヘヴィ・リフでトラックを構成し、ここにメッセージ性の強い内容を歌う男声MCと女声ヴォーカル、そしてスローガンを叫ぶアレック氏が乗るのが基本スタイルです。ライブではアレック氏がDJを担当し、時に即興的なミキシングが行われます。ギターのサウンドはサンプリングで使用しており、生演奏では不可能と思える超ハイテンポで再生されることもあります。

「Futurist」とは、どんなアルバムなのか?

Alec Empire Futurist

ATRがいったん休止してから、アレック氏のソロ作はATRの路線を継承するようになります。2002年に発表したアルバム「Intelligence and Sacrifice」ではメインボーカルを務め、生身の人間では到底かなわない超ハイテンポなデジタル・ハードコアを展開しています。今回ピックアップする「Futurist」は、これまで数々の電子音楽を探求してきたアレック氏が、「デジタル・ハードコア」のハードコアの部分、ご自身のルーツと言えるパンクのサウンドにフォーカスした作品です。リアハムバッカーのドライブサウンドが鳴りっぱなし、という普通のパンクなら当たり前のアルバムですが、これまで数々の電子音楽を手掛けてきたアレック氏の作品としては、恐ろしく新鮮なサウンドです。

バラードなど無い。突き抜けるパンクサウンド

このアルバムに、バラード曲は存在しません。歌詞には政治的なメッセージが多く含まれていますが、日本人の私たちは純粋に音楽として、ギターサウンドが前面に押し出された強力なサウンドを楽しむことができます。

1曲目「Kiss of Death」は、サイレン音からの「1,2,3,4!」で始まるいかにもなオープニングと言い、ギター、ベース、ドラムのシンプルな編成と言い、サラっと聴くだけではバンドの演奏による純然たるパンク・ミュージックに聞こえます。しかしアレック氏のことですから、超速のスネアドラム連打などではブレイクビーツの手法が使われているかもしれません。

4曲目まで速い演目が続き、5曲目でクールダウン気味にちょっとテンポを落とし、6曲目からまた速いのが続きます。次の曲、次の曲、と徐々に聴き進めていくうちに、シンセやノイズが加わったり明らかにサンプリングの編集で作ったビートが見られたりと、デジタル要素が徐々に増えていきます。

実は、テクノ要素も多い

7曲目「Make Em Bleed」で遂に電子音のループが登場、またドラムンベースを思わせるグルーヴが使用されます。この曲のタイトル「Emに出血させろ」が示すように、コードは延々とEmです。中盤以降の演目も基本的に速いのが続きますが、汗臭いバンドサウンドに対して気持ちの良い配分でデジタルのサウンドやブレイクビーツが加えられるにつけ、「アレック・エンパイアここにあり」と思わせます。11曲目「Terror Alert:High」でようやくヘヴィな16ビートが登場、しかしアレック氏のヴォーカルは常に何かに怒っている感じで叫んでおり、一定の安定感を覚えさせます。


Alec Empire – Futurist (Full Album)
何と公式チャンネルにて、アルバムをフルで聴けます。太っ腹ですね。幼いころから商業主義に否定的だったというアレック氏、そこに偽りなし、です。