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「PANTERA(パンテラ)」は1990年代のメタルシーンを駆け抜け、グルーヴメタルというジャンルを確立したバンドです。メンバーの死去により活動の機会は永久に失われてしまいましたが、獰猛で攻撃的なサウンドと、うらはらの精緻なアレンジは、現代のニューメタル、メタルコアといったジャンルの礎となっています。今回は、パンテラがそのグルーヴメタルを完成させたと言われる名盤「Vulgar Display of Power」、日本名「俗悪」をチェックしていきましょう。
それではまず、「俗悪」リリース前後の経緯を見ていきましょう。ローカルなウマいバンドだったパンテラは、メタルシーンの変遷に応じた人事異動を成功させ、またそこに自身のオリジナリティを上乗せして、世界的なバンドへとのし上がりました。
メタルバンド「パンテラ」は、のちのダイムバッグ・ダレル(ダレル・アボット)氏(ギター)とヴィニー・ポール(ヴィンセント・アボット)氏(ドラム)のアボット兄弟を中心に、1981年に結成されます。インディーズ時代のパンテラは、この時代に流行していた「グラムメタル」のバンドでした。グラムロックをメタルに転用したグラムメタルは、ピッチピチの派手な衣装や中性的なメイクといった視覚的要素が特徴で、髪を大きく膨らませる傾向から「ヘアメタル」とも揶揄されました。サウンド的には、ウマくて速い「スピードメタル」だったと伝えられます。この時のパンテラは有名バンドの前座を務めることはあったものの、活動が地元テキサスの外へ及ぶことはありませんでした。
1980年代も後半に差し掛かってくると、
というように、「スラッシュメタル四天王」と呼ばれる大物バンドがこぞって名盤をリリース、切り裂くようなサウンドのギターリフを特徴とする「スラッシュメタル」への支持が高まります。こっちの方向へ舵を切りたいパンテラにフィル・アンセルモ氏(Vo)が加入し、バンドのサウンドはスラッシュ方向へと転向します。これが高く評価され、ついに念願のメジャー契約を獲得します。
Pantera – Cowboys From Hell (Official Music Video)
メジャー第一作「Cowboy From Hell」より。平仮名で表記すると「ぱんてら」になる大変可愛らしい名前からは全く想定できない、刺さるようなザクザクとしたギターのサウンド。アンセルモ氏(Vo)の髪が長いのと、生っぽいオーガニックなドラムの音がこの時代の特徴。アルバム収録曲は総じて伝統的なメタルを踏襲したヘヴィ志向ながら、なんでも歌えるアンセルモ氏の歌唱力を生かした、ジャンル横断的な多様さを見せる。しかし、人によっては「演目が散発的だ」という辛口な意見も。
1992年に発表されたメジャー第二作「Vulgar Display of Power(俗悪)」は、前作で成功した路線をさらに推し進めた、重いのもあり速いのもありの暴力的ともいえる力強いグルーヴ感を全身で楽しめる作品です。後進に大きな影響を与える「グルーヴメタル」が、ここに完成しました。
なんでも歌えるアンセルモ氏の歌唱法が野太いシャウト系に絞られていること、スタジオワークによってドラムのサウンドがバッチバチに硬く鋭くなったこと、この二つが前作との大きな違いです。ボーカルは「ギターより重い」と表現され、ドラムはバンドの轟音を突き抜けて重低音を鋭くプッシュします。そんな中、ダレル氏のギターはとっくに完成の域に達しており、相変わらずウマいと感じさせる安定感があります。
Pantera – Mouth For War (Official Music Video)
アンセルモ氏の超短髪と、工作機械のように固く引き締まったドラムの音は、メジャー第二作「俗悪」で完成。スキンヘッド、マッチョ、イレズミ、というアンセルモ氏の刑務所から出たばかりのような風貌は、従来のロックスターのイメージをぶっ壊すインパクトがあった。やたら暴れるヒゲ、デブ、ハゲがとてもかっこいい、というのはこの時代に特有の風潮。
「俗悪」の成功を受け、パンテラは極悪な世界観を帯びたグルーヴメタル路線一本で勝負していきます。「俗悪」でパンテラの認知度が上がりきった次のアルバム「Far Beyond Driven ー脳殺ー(1994)」は、USAとオーストラリアでチャート1位(俗悪は44位)を獲得、グラミー賞のノミネートまで受ける快挙となりました。
ところがこの時期から、アンセルモ氏が自身のソロプロジェクトに注力しだし、また酒やクスリに溺れだしたことからバンド内が穏やかではなくなります。「鎌首(1996)」、「撃鉄(2000)」とアルバムを出しつつも結局2003年、パンテラは解散に至りました。
Pantera – I’m Broken (Official Music Video)
パンテラは「俗悪」の成功を受け、いろいろな要素を取り入れつつもこの道一筋で突き進む。ゆえに「俗悪」が好きな人は、それ以降の「脳殺」も「鎌首」も「撃鉄」も大好き。
「グルーヴメタルのジャンルを決定づけたアルバム」と評された「俗悪」は、1990年代以降のメタルミュージックに多大な影響を与えました。男性ホルモンがみなぎる筋肉質で力強いサウンドは、KornやSlipknot、日本ではマキシマムザホルモンやMAN WITH A MISSIONを代表とする「ニューメタル」、My Chemical RomanceやBullet for My Valentineら「スクリーモ」、スクリーモから派生した「メタルコア」など、強力なグルーヴ感を持った暴力的なサウンド共通点とした、さまざまな音楽を誕生せしめるヒントとなりました。では、この「俗悪」の聴きどころを探ってみましょう。
パンテラのバンドアンサンブルは第一に、ギター/ドラム/ベースが一体となり、16ビートを主体とした「うねり」のあるグルーヴを強烈に打ち出すところに特徴があります。タテにノれるシンプルな8ビートと違い、16ビートではとんでもないところにアクセントを放り込むことができ、特にドラムではバスドラムで複雑なパターンを作ることができ、その塩加減によってタテにもヨコにも揺さぶってくるうねりを作ることができます。
パンテラの代表曲と言える1曲目「Mouth for War」でさっそく、そのアンサンブルの妙技を堪能することができます。ヘヴィな16ビートのオープニングからテンポを倍に感じさせる8ビートへ移行、そして再び16ビートに帰ってきて、ボーカルが入るところで超絶にきわどい変拍子が挿入されます。ボーカルが入った途端、リスナーが4拍子を見失ってしまうトリックです。うねる轟音でタテにもヨコにも揺さぶった挙句、最後は超速のスピードメタルでスッキリさせてくれます。
パンテラのこうしたグルーヴには、「ドスドス」や「ズムズム」ではなく「ザクザク」「ズクズク」という表現が似合います。ヘヴィなサウンドを志向しながらも、耳に痛くないちょうど良い高音域をしっかり持ち上げ、特にドラムとギターのアタックを目立たせて、リズムにキレを生んでいるわけです。
パンテラの売りは暴力的なグルーヴであり、愛だの恋だのを湿っぽく歌うようなバラード曲などありません。確かに、ギターのムーディーなアルペジオで始まりコーラスパートまである5曲目「This Love」、ギターが泣くロッカバラード(8分の6拍子)で始まる11曲目「Hollow」、この2曲をバラードと解釈することもできます。しかしいずれも、楽曲の最もおいしいところはやはりザックザクの暴力的なグルーヴであり、アンセルモ氏の咆哮です。パンテラにとってメロウに聴かせるパートは、あくまでも轟音に慣れてきた耳をリセットさせるための、バンドアレンジのいち手法に過ぎないのだと考えられます。
Pantera – This Love (Official Music Video)
怪しい雰囲気のアルペジオに乗せて、メロウに歌い上げるアンセルモ氏。パンテラを知らない人が初めてこの曲を聞いたら、まさかそこからこうなるとは想像すらできまい。
ところが、このメロウなパートにおけるアンセルモ氏のリラックスした歌唱は、大変ていねいで表現力に富んでいます。氏が単に吠えるだけの野卑なマッチョではない、疑う余地のない高度な歌唱力を持ったマッチョなのだ、ということがわかります。
ギターよりもヘヴィなアンセルモ氏の咆哮は、パンテラにとって大変に重要な要素です。パンテラのファンはアンセルモ氏に粗暴なシャウトを求めるのであって、バラードなど求めていません。プロのボーカリストとして仕上がってきた今、絶叫以外の実力も証明したい、しかしファンの期待を裏切ることはできない。そういう思いがあったからこそ、パンテラの支持が最高潮に達したタイミングでありながら、アンセルモ氏はソロプロジェクトに注力したのだと考えられます。
ファンにとって、アンセルモ氏のソロ活動には「お前、なに道草喰ってんだ!」と文句の一つも言いたくなるかもしれません。しかしそれがあったからこそ、パンテラは迷走することなくグルーヴメタルを貫くことができたわけです。
アボット兄弟もアンセルも氏も、音楽界きっての濃いキャラクターを持っています。そんなわけでレックス・ブラウン氏(ベース)には、影の薄いイメージがあるかもしれません。だがむしろ、それでこそベーシスト。フロントマンの背中をゴリゴリ押してこそ、メタルのベースです。パンテラでベースに注目するのが「通」の聴き方です。
メタルミュージックにおけるベースは、ギターとユニゾンするのが普通です。これはベースがギターに従属しているとも言えますが、リフに重量感を付加する重要な役割です。「俗悪」では、ベースとギターをピチっと貼り合わせたかのようなユニゾンが随所で見られます。また、レックス・ブラウン氏はもともとジャズのベーシストだったにもかかわらず、主にピックを使って演奏します。ピックで弾くアタックの鋭い立ち上がりがあってこそ、キレッキレのギターやドラムと一体化できるのです。
特に9曲目「Regular People(Conceit)」では、ファンキーな16ビートのリフで美しいユニゾンを聴かせてくれるほか、ギターソロのパートではシブいテクをチラっと見せてくれます。
俗悪を…
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