エレキギターの総合情報サイト
リアのハムバッカー。ディストーションサウンドを駆使する多くのギタリストにとって、それは生き様とか志のような、アイデンティティに関わる重要な部品です。リアのハムバッカーは欲しい音がちゃんと出る、お気に入りのものでなければなりません。
その意味で「リア・ハムバッカーの交換」は、ギタリストにとって非常に意義深い改造だと言えるでしょう。入門機を強化する手段として効果が非常に高く、高いギターを買うよりもはるかにコストパフォーマンスに優れます。またお気に入りの一本をより理想的なサウンドに近づけるための手段としても、ピックアップ交換は非常に有効なのです。
今回はEuphorealプロデューサー藤野州豊さんに、「HH配列のリア・ピックアップ交換」の作業を見せてもらいます。プロフェッショナルの仕事に学ぶ「ピックアップ交換ケーススタディ」をみていきましょう。
webサイト「エレキギター博士」を2006年より運営。現役のミュージシャンやバンドマンを中心に、自社検証と専門家の声を取り入れながら、プレイヤーのための情報提供を念頭に日々コンテンツを制作中。
“プレイヤーが陶酔できるサウンドを現実のものに”というコンセプトを元に、ハンドメイドでピックアップを制作するメーカー。レーザー加工機による微細彫刻が施されたドレスアップ金属パーツを作る他、不定期でギターを制作する。
Euphoreal – Supernice!ギター工房
ハムバッカー交換の前に、既存のピックアップについてチェックしておきましょう。特に今回のギターのようなモダン系モデルではブランドごと、あるいはモデルごとににさまざまな仕様がありますから、改造の前にいろいろ確認しておくにこしたことはありません。その結果、検討している新しいピックアップがすんなりと収まりそうか、いろいろと手がかかりそうか、そういった交換作業の内容が読めてきます。チェックしたいのは以下の4点です。
ハムバッカー・ピックアップのマウント法は3つあります。レスポールに見られる「エスカッション・マウント」とSSHストラトなどに見られる「ピックガード・マウント」、そして今回の「ダイレクト・マウント」です。ダイレクト・マウントはボディに直接ネジ留めする方法で、タイトに引き締まったサウンド傾向を持っています。例えばこれをエスカッションマウントに変更することで、サウンドを方向付けることもできます。
ハムバッカー・ピックアップ交換においては特に、ブリッジ位置での弦間ピッチをチェックしましょう。弦間ピッチはギブソンが10.5mm、FRTは10.8mm、フェンダーのヴィンテージ系は11.3mmが基本だとされていますが、交換するハムバッカーのポールピースがギターの弦間ピッチに適合する必要があるわけです。
トラッドなスタイルのハムバッカーは、出力線をアース線で覆う「1芯シールド線」が基本です。これに対しコイルタップなど特殊配線対応型のハムバッカーは「4芯」が基本で、ハムバッカーを構成するシングルコイルそれぞれから2本ずつ配線を伸ばしています。
意外に思えますが、PAF型ハムバッカー・ピックアップ本体の寸法には、統一規格がありません。マウントネジの間隔など重要な寸法は共通していますからたいがいのハムバッカーはそのまま取り付けられますが、ピックアップ本体の高さや脚の長さはモデルごとにさまざまです。新しいピックアップを収めるピックアップキャビティの深さ、これについてはあらかじめチェックしておきましょう。
ハムバッカー交換に必要な工具は、それほど多くありません。各種ネジに適合するドライバー、配線を切断するニッパー、ハンダとハンダごてがあれば、最低限の作業が可能です。電工のガチ勢は、ここにワイヤーストリッパーやアナログテスターなどが加わります。テスターはデジタルでも構いませんが、ピックアップ交換で頻繁に行われる「コイルの位相確認」においてはアナログテスターが有利です。今回はダイレクトマウントのため「ネジ穴の拡張」という作業が加わりますから、電動ドリルも使用します。
では実際のピックアップ交換作業の手順を見ていきましょう。今回の条件は以下となります。
それでは、順を追って見ていきましょう。
バックパネルを外します。
「ピックアップ交換」という改造は、もし結果が気にいらなかったら前の状態に戻すことができます。実物から配線のアイディアを学ぶこともできますから、作業前の状態を写真やメモで記録しておきましょう。配線には色が付いていますからその色まで、しっかりと確認します。
パネル内部配線の様子。さすがとしか言いようのない、とても美しい配線です。写真を撮る場合には、死角がないように気を付けましょう。1V1Tのギターの場合、ピックアップの配線はまずセレクタースイッチに接続されます。このギターの場合、アース線もセレクタースイッチに付けられていました。
このままでは配線を外す作業がしにくいので、まずセレクタースイッチを外します。
セレクタースイッチのマウントネジを取り外しました。
ピックアップ交換のついでに弦交換しても良いんですが、今回は作業の邪魔にならないようマスキングテープで仮留めし、最後に張り直します。
ボディ保護のためテープで養生するのは、プロならではの仕事。自分で作業するならここまでやらなくても良いかもしれません。
これもプロの技。作業するセレクタースイッチを摘出し、クロスで上手にその他の部分と分けることで作業効率を上げています。作業の工程ごとに、元の状態を確認しながら進行します。
ハンダを溶かし、リアピックアップの配線を外します。
配線の取り外し、完了です。こんどは表面での作業になりますから、ギターをひっくり返した時に回路がこぼれ落ちてしまわないよう、テープで仮留めしています。
ギターをひっくり返して、両耳のマウントネジを外しています。
リアピックアップの取り外し、完了しました。
ここに、新旧のピックアップが出そろいました。ピックアップの配線は色分けされていますが、やはりこれにも統一規格はありません。4芯のピックアップの配線には赤、白、黒、緑の4色が主に使われますが、その役割は各社各様なのです。
今回はフロントピックアップをそのまま残しますから、メーカーの異なる新しいピックアップのどの配線が古いピックアップのどの配線に相当するのか、位相も含めてテスターでチェックする必要があります。位相が違っていたとしたら、スペック上は出力線を正しくハンダ付けしたにもかかわらず、ミックスポジションでフェイズする、なんてことが起きてしまいます。なお、全部のピックアップが同じメーカーならこんな心配はなく、説明書に従って結線すれば完成です。
出力線(ホット) | アース(コールド) | タップ | |
---|---|---|---|
Seymour Duncan | 黒 | 緑 | 赤、白 |
DiMarzio | 赤 | 緑 | 白、黒 |
Euphoreal | 黒 | 緑 | 赤、白 |
表:ピックアップブランド3社それぞれにおける、4芯の役割の比較
確実な作業のためには、位相をアナログテスターで確認する必要があります。なおテスターが手元にない場合には、ひとまず取り付けておいて、もし位相が違っていたら配線を入れ替えるというひと手間をかければ解決します。今回は案の定、逆位相でした。
新旧のピックアップの位相を、アナログテスターを使ってチェック。新旧で針が逆に反応したことで、位相がそれぞれ逆である事が判明した。
ダイレクトマウントに使われるマウントネジは、交換用ピックアップに通常同梱されるマウントネジよりも僅かに太い、タッピングビスが使われるのがほとんどです。そうなると同梱のネジは使えず、今まで使っていた既存のネジを使用します。ところがピックアップ側のネジ穴が狭くてネジが入らない、なんてことになりますから、ネジ穴を拡大させる必要があるわけです。
ノギスを使ってネジの直径とネジ穴の口径を測ります。ノギスは0.1mmの細かさまで測定できます。今回はやはり、ネジ穴を拡大させる必要がありました。
欲しい口径にあったドリルで、ビスがストレスなくスムーズに貫通するように穴を拡張します。
当て木を利用することで、作業机を穴だらけにせずに済みます。
見事、マウントネジがストレスなく通りました。
スポンジはピックアップを押し上げ、ガタ付きを抑えてくれる重要な部品です。またピックアップ・キャビティーの隙間を埋め、ダイレクトマウントならではのサウンドを作る効果もあります。劣化してカチカチに固まってしまっていたら交換しますが、ピックアップマウント用のスポンジが特別にあるわけではなく、普通に売っている「高反発ウレタンスポンジ」を利用します。密度の高い硬めのものが、長持ちするのでおすすめです。
スポンジの代わりにスプリングにネジを通すマウント法もよく使われます。こちらは可調範囲に優れ、また劣化しないのが利点です。スプリングとスポンジの違いまで音に影響するのが、何とも奥が深いところです。
表から裏へ、配線を通します。
表側の配線がたるんでしまわないように気を付けましょう。
たるみのない感じで、キャビティに収まりました。
マウントネジでピックアップをネジ留めします。ネジ穴が死角になるので、慎重に。
ネジ穴に収まりさえすれば、こっちのものです。
新しいピックアップは、4芯にアース線を加えた5芯。本来は緑を出力として使いたいモデルですが、旧ピックアップと逆位相だったので緑をアースとして結線します。
赤と白の配線をハンダでつなぎます。これをアースに落とすと、コイルタップになります。
アース線用のモジャモジャを緑に巻き付けます。
黒の出力線、赤白のタップ、緑&モジャモジャのアース、という3本の線にまとまりました。
コレは専門家ならではの作業。アース線に熱収縮チューブを被せます。
ファイヤー!
火でチューブが収縮します。
これで完成。
セレクタースイッチの端子に、新しいピックアップの配線をハンダ付けしていきます。
楽器をクロスで保護することで、万が一の哀しい事故を防ぐことができます。
ハンダ付けが完了しました。
配線が完了したセレクタースイッチをスロットに通し、表側からネジ留めします
まずは指でネジを軽く回していきます。
二つともネジ穴を通っています。ここからがドライバーの出番です。
ドライバーでキッチリと締めこみます。
最初の状態と同じくらい、キレイに収まりました。
弦を張り直す前ですが、ここでギターアンプにつなぎます。
ドライバーなど磁性体でポールピースにタッチすることで、本当に配線が正しく機能しているのかをチェックできます。音が出る状態ならポツポツという音が出ますし、コイルタップがちゃんと機能しているのなら、片方からは音が出ません。ここで思った通りの結果でなかったら、配線に不具合や勘違いがあったということが分かります。
ちゃんと思った通りの結果が得られたのが確認できたので、仕上げに入ります。まずは養生したテープを除去します。
バックパネルを取り付けます。
テープで仮留めしていた弦を開放し、張り直します。
弦を張り直してチューニング。これで完成!今回の交換作業は、予想以上にタフな内容でした。
オーナーさんは目論んだ通りのサウンドが得られ、満足したご様子です。
今回の体験で得た知見を、以下にまとめてみました。これくらいなら自分でできそうだと思ったら、是非チャレンジしてみてください。
さすがに今回は工数が多くて、作業にいろいろなアイテムが必要で、初めての人にはなかなかのハードル感だったかもしれません。でも、自分でやっててちょっとコレはヤバいなと思ってからでもプロに任せてくれれば何とかなりますから、ぜひ実際にやってみてください。基本的に同じタイプのピックアップの交換は、外した箇所に再びハンダ付けすれば良いだけ!
– 藤野州豊(Euphoreal)
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