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キース・リチャーズ(Keith Richards)


Keith Richards – Trouble

キース・リチャーズは、ビートルズと並び称され現在でも活動を続けている怪物バンド、ローリング・ストーンズのリード・ギタリストです。ローリング・ストーンズは全てのメンバーが持ち前のパート以外の楽器をこなせるという多面性も持ちあわせていたバンドで、70年代半ばまでのブルース基盤のロックはストーンズと共に動いていました。

ロック・ミュージックが不良の音楽と呼ばれ、そのイメージの代表格であるローリング・ストーンズにおいて、ミック・ジャガーと共にストーンズの音楽性の柱であるキースは、同時に不良のイメージの柱でもあります。
後述するドラッグ問題に代表されるキースの無法者的イメージは、ロックンロールのひとつのアイコンとして語られます。ミック・ジャガーがビジネスマンとしての才覚も持ち、音楽的にも最新の音にも目を配る鋭敏さと抜け目無さを持ち合わせているのに対し、キースはあくまでバンドマンとして演奏することに心血を注ぐ姿勢を貫いており、打ち込み等を多用した流行の音にも背を向け、あくまでブルースやレゲエといった「生身の人間によるグルーヴ」にこだわる姿勢を見せています。

Biography

1943年12月18日 生 英ケント州ダートフォード
13歳の時に母親からギターをプレゼントされ以後ギターに熱中するようになります。
ダートフォード・テクニカル・スクールに入学しますが放校。1960年、シドカップ・アート・スクール在学中に幼い頃からの知り合いだったミック・ジャガーに再会。お互いにロックンロール、リズムアンドブルースに興味があることを知りバンドを結成します。1962年にはブライアン・ジョーンズと出会い、ロンドンのはずれのエディス・グローヴにミックとブライアンと3人で暮らすようになます。同年ブルースのコピーバンドとして、ローリング・ストーンズを始動させます。

ローリング・ストーンズは62年のデビューから順調にヒット曲を出し、やがてビル・ワイマン、チャーリー・ワッツを加えて、1963年シングル『カム・オン』でデビューします。当初カバーバンドとしてスタートしたストーンズでしたが、マネージャーのアンドリュー・オールダムの方針で、キースはミックと共にオリジナル曲の作曲をスタートさせます。やがてストーンズはヒット曲を量産し、モンスターバンドへの階段を駆け上がります。

メンバーチェンジを経て黄金期に突入最高な出来映えのアルバムを連発し、時代の音楽を取り入れてバンドはどんどん巨大になっていきます。しかし成功の影でドラッグ不法所持でキースの家が捜査されたり、コンサートで死者がでたり、1969年には初期のリーダー格だったブライアン・ジョーンズの脱退・死去に伴い、キースは完全にストーンズの中心人物になっていきました。


The Rolling Stones – Wild Horses (Live)

1980年代にはミックとの軋轢が表面化し、ストーンズ解散の危機も迎えましたが、それも 乗り越え、21世紀を越え、自身還暦を過ぎた現在も、ローリング・ストーンズを「世界最高のロックバンド」として牽引し続けています。

1988年、初のソロ・アルバム『Talk Is Cheap』をきっかけに、ストーンズの活動を並行してソロアルバムをリリースしています。

ギタープレイの特徴

彼のギターの演奏スタイルはストーンズの変化と共に発展しました。
1960年代、ブライアン・ジョーンズ在籍時にはスライド・ギターに関してはブライアンがソロを採りましたが、通常のギターでのソロについては、チャック・ベリーの影響を大きく受けたスタイルで演奏しています。デビュー当初はチャック・ベリーやブルースのコピーの域を越えないプレイでしたが、「サティスファクション」などで、キャッチーで疾走感溢れるリフを生み出すようになります。


The Rolling Stones – Satisfaction

しかし、彼が本当の意味で自身のギタースタイルを確立するのは、1960年代後期からです。
1966~67年頃、ストーンズは当時流行していたサイケデリック路線の影響を受け、ルーツであるブルースから遠ざかっていました。更にミック、キース、ブライアンのドラッグによる逮捕、それに伴うブライアンのバンド内での求心力の消失により、ツアー活動も停滞を余儀なくされていました。この空白期間を利用してキースは再度、自身のブルースのレコードコレクションを聴き漁り、いわゆる戦前ブルースの研究に没頭しました。そして当時のブルースマンのギター奏法の特徴であったオープン・チューニングを自身のギターに取り入れていきました。そしてその成果は1968年のヒットシングル『ジャンピン・ジャック・フラッシュ』とアルバム『ベガーズ・バンケット』に結実します。

その一方で、同時期には、いわゆるチョーキングビブラートを利かせたギター・ソロへの関心もあったようで、アルバム『ビトゥイーン・ザ・バトンズ』あたりではその手のプレイに果敢にトライし、翌1968年のアルバム『ベガーズ・バンケット』での『悪魔を憐れむ歌』の間奏では、見事なまでのチョーキング・ビブラートを利かせたギター・ソロを披露しています。
そしてこの頃アメリカのカントリー・ロックのパイオニア、グラム・パーソンズとの交流、さらに傑作アルバム『レット・イット・ブリード』のセッションに参加したライ・クーダースライド・ギター奏法の影響を強く受け、この時期にオープンGチューニングを取り入れます。やがてキースはコードを指1本で抑える際に6弦が邪魔だ、と言う理由で6弦を外しました。このとき発明した5弦オープンGのギターは彼のオリジナリティとなり、数多くのヒット曲がこのオープンGチューニングから生まれました(キースのオープンGスタイルを代表する曲は「ホンキー・トンク・ウィメン」「ブラウン・シュガー」「スタート・ミー・アップ」等)。


The Rolling Stones – BROWN SUGAR (ALTERNATE VERSION FEAT. ERIC CLAPTON) ft. Eric Clapton

1969年ブライアンの脱退によりミック・テイラーがセカンド・ギタリストとして加入すると、ギターソロはほとんどテクニシャンのテイラーに任せ、自身はリズムに徹するようになります。彼が「史上最高のリズム・ギタリスト」の異名を取るようになるのはこの頃からで、テイラー在籍時の1970年代初頭において、完全に自身のギター・スタイルを確立します。1974年テイラーが脱退、ロン・ウッドが参加してからは、自身と似たギタースタイルのロンと、どちらがリードでどちらがリズムとも言えない独特の絡みを聞かせています。

キース・リチャーズ(Keith Richard)の使用エレキギター

使用エレキギター

デビュー以来、様々なギターを使用していますが、代表的な機種はフェンダー・テレキャスターです。前述の5弦オープンGチューニングはほとんどテレキャスターで用いられています。また、1989~1990年の「スティール・ホイールズ」ツアーでは、自身が開発に携わったミュージックマン・シルエットをメインギターとして使用しました。一部の楽曲ではベースも弾いています。

また、最近はボーカリストとしての評価も高まっています。ミックとはまた違ったハスキーボイスは非常に個性的であり、かつては線の細い高い声だったが、70年代後期に変声期?を迎え潰れたドスの利いた味のある声に変貌しました。特にバラードにおいては他の追随を許さない渋い味わいを醸し出しています 。近年では、ミックの休憩も兼ねてライブの中盤にキースが2曲ボーカルを採るのが定番になっています。


ボーカリスト「キース・リチャーズ」の様子がわかる:Keith Richards and the X-Pensive Winos: Struggle

Discography

Beggars Banquet / The Rolling Stones名盤

Beggars Banquet/The Rolling Stones

Beatlesの後を追いかけることを止めて、自分達のルーツがブルースにあることを確認した作品と言えるでしょう。オリジナルメンバーのブライアン・ジョーンズがまだここではプレイしています。

悪魔的なまでにフリーキーなキースのギター、クールでワイルドなヴォーカル、他のロックバンドとの格差を見せ付けた決定的な一枚。

1968年リリース作品

Let It Bleed / The Rolling Stones名盤

Let It Bleed/The Rolling Stones

オリジナルメンバー、ブライアン・ジョーンズの脱退・死亡と、二代目ギタリスト、ミック・テイラーの加入です。

最高傑作のうちの一枚。

1969年リリース作品

Sticky Fingers / The Rolling Stones名盤

Sticky Fingers/The Rolling Stones

ハイライトである4曲目の「Can’t You Hear Me Knocking」。7分を超える大作です。自由で黒いフィーリングはドラッグを連想させ、魔法の力に満ちています。文句なしの最高傑作

1971年リリース作品

Exile on Main St. (邦題:メインストリートのならず者) / The Rolling Stones名盤

Exile on Main St./The Rolling Stones

ストーンズ初の2枚組みアルバム。「Rocks Off」、「Tumbling Dice」や「Happy」等、非の打ち所がない傑作がそろっています。

1972年リリース作品

Goats Head Soup (邦題:山羊の頭のスープ) / The Rolling Stones

Goats Head Soup/The Rolling Stones

全体的にメロディアスなナンバーが多いアルバム。ハイライトは何と言っても5曲目の「悲しみのアンジー」。ストーンズのバラードの中でも出色の作品で、最近のコンサートでもよく取り上げられています。

1973年リリース作品

It’s Only Rock ‘N Roll / The Rolling Stones

It's Only Rock 'N Roll/The Rolling Stones

ソウルミュージックやファンク色の濃い前作『山羊の頭のスープ』に比べ、ソリッドなロックサウンドに仕上がっている本作。ギタリストのミック・テイラーが参加した最後のアルバムです。

1974年リリース作品

Black and Blue / The Rolling Stones

Black and Blue/The Rolling Stones

ロン・ウッドが加入してファンクやレゲエなど新しいリズムの試みを行ったアルバム。

1976年リリース作品

Love You Live / The Rolling Stones

Love You Live/The Rolling Stones

ストーンズ絶頂期のライブを収めた2枚組みのライブ・アルバムです。

1977年リリース作品

Some Girls (邦題:女たち) / The Rolling Stones

Some Girls/The Rolling Stones

ディスコビートを取り入れたヒット曲「Miss You」で幕を開けます。全体的にハードなサウンドの楽曲が多いのが特徴。

1978年リリース作品

Emotional Rescue / The Rolling Stones

Emotional Rescue/The Rolling Stones

オープニングタイトルの、「Dance(PT.1)」がとてつもなくカッコいいです。

1980年リリース作品

Tattoo You / The Rolling Stones

Tattoo You/The Rolling Stones

 

1981年リリース作品

Undercover / The Rolling Stones

Undercover/The Rolling Stones

ダンス・ミュージックに傾倒していたミックの趣味が反映されたアルバム。CDの帯には、「ストーンズ流ヒップ・ホップ・ナンバー」として、「Under Cover Of The Night」が紹介されています。リズムが表に出ているアルバムです。

1983年リリース作品

Dirty Work / The Rolling Stones

Dirty Work/The Rolling Stones

ミックと、キースの仲が最悪な時期に差し掛かっているときに制作されたアルバムです。ほとんどやる気のないミックの代わりに、キース主導で作られたといわれています。

1986年リリース作品

Steel Wheels / The Rolling Stones

Dirty Work/The Rolling Stones

ミックとキースが仲直りして新作制作

1989年リリース作品

A Bigger Bang / The Rolling Stones

A Bigger Bang/The Rolling Stones

ドン・ウォズをプロデューサーに迎えた『A Bigger Bang』を制作するために、ミック・ジャガーはジェリー・ホールとの破局に耐え、チャーリー・ワッツは喉頭ガンと戦い、ロン・ウッドは元妻が自殺した知らせに打ちひしがれた。それぞれの苦悩の中で、イギリスの大御所ロックバンドのメンバーたちは、この20年ほどで最高とも言える曲をいくつか作りあげた。どこを取っても生き生きとしている間違いないサウンド。

2005年リリース作品

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