エレキギターの総合情報サイト

ジョージ・ハリスン(George Harrison)

ジョージ・ハリスン(George Harrison)

ジョージ・ハリスンは偉大なるグループThe Beatles(ザ・ビートルズ)のギタリストです。バンドの中にあって彼は最も年下で、ビートルズの活動初期から中期においては目立たない存在でしたが次第に才能を開花させます。「タックスマン」がアルバム「リボルバー」の1曲目を飾るなど頭角を現し、後期になると「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」「サムシング」等の名曲を完成させます。

またエレキギター以外の楽器も積極的に使用しています。初期では12弦ギターを、中期にはインド楽器であるシタールを、また後期には初期の型のシンセサイザーをいち早く導入しています。
謙虚で爽やかな人柄だったためか外部ミュージシャンとの交流が盛んでした。自作曲「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」のギターソロにエリック・クラプトンを、キーボード・プレイヤーとしてビリー・プレストンをゲット・バック・セッションに参加させるなど、閉鎖的だったバンドのサウンドに外部の血を入れるという面でも貢献します。他にもボブ・ディラン、ボンゾ・ドッグ・ドー・ダー・バンドとの交流はよく知られています。

Biography

1943年2月25日 生 英リバプール
ビートルズのメンバーの中では一番年下で、デビュー時はあどけなさの残る19歳でした。そんなスーパー・グループの中でジョージは自作曲の水準を上げるべく孤独な戦いを続け、ついにアルバム「リヴォルバー」では自作曲「タックスマン」でオープニングを飾りますが、レノン&マッカートニーの強力なナンバーの数々はその完成度の高さゆえさほどギター・ソロを必要としない場合も多く、プレイ面でもジョージの葛藤は続きます。


The Beatles – Revolution

ビートルズ解散後

ビートルズ解散後、ジョージ・ハリスンはビートルズのメンバーの中で最も活発にソロ活動を行ったメンバーの一人です。
本格的な初のソロ・アルバムとなった『オール・シングス・マスト・パス』はビートルズ時代に書き溜めていた数々の作品を異例のLP3枚組として発売されたにもかかわらず全米 /全英のアルバムチャートで7週連続1位となる大ヒットを収め、シングル「マイ・スウィート・ロード」も米英それぞれ4、5週連続No.1となっています。

1971年8月にはシタールの師匠であるラビィ・シャンカールの呼びかけで、ジョージが主宰となって「バングラデシュ難民救済コンサート」を開催させます。

私生活では、親友であるエリック・クラプトンと交際するようになった妻のパティ・ボイドと離婚(有名などろどろ劇です…)。

ギタープレイの特徴

ジョージ・ハリスンは決して技巧派のギタリストではありません。
しかしサウンド・コンポーザーとしての能力は高く、一度聞いたら耳から離れないギターフレーズがビートルズ後期の楽曲では聞くことができます。コード・ワークも秀逸。

使用エレキギター

ジョージ・ハリスンが使用したギターの中でもっとも有名なのはリッケンバッカーでしょう。当時彼がこのエレキギターを使用したことでリッケンバッカーはギブソンやフェンダー等の大手メーカーのエレキギターを凌ぐ人気を誇りました。またエピフォン・カジノ、グレッチの6122カントリージェントルマンなどのエレキギターも好んで使用していました。

Discography

All Things Must Pass

ジョージ・ハリスン/All Things Must Pass

ジョージ・ハリスンがビートルズ解散後間もない1970年に発表した最高傑作。
エリック・クラプトンやデイヴ・メイスン、ビリー・プレストンやリンゴ・スターといった幅広い交友関係で結ばれたミュージシャンによって演奏がなされ、フィル・スペクターのプロデュースによって纏め上げられました。ジョージの才能の開花を高らかに宣言したロックの金字塔と賞される作品。

1970年リリース作品


George Harrison & Eric Clapton – While My Guitar Gently Weeps